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2024.7.7説教要約 ローマ 11:11-24「神の慈しみと厳しさ」
パウロが異邦人伝道に積極的であったのは、一つには、異邦人が救われて欲しいという思いがあったからです。加えて、それによってユダヤ人たちが「ねたみ」を起こしてほしいとも彼は願っていました。相手の持っているものをうらやましく思うことが「ねたみ」です。異邦人の救われる姿を見て、ユダ...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.6.30説教要約 ローマ 11:1-11「残っている者たち」
9章以降、パウロがテーマとして語っているのは、「宣教が異邦人へと向かって行くということは、イスラエル(ユダヤ人)は神さまから見捨てられてしまったのか」ということでした。パウロは自分の肉による同胞への断ち切れぬ情のため、あるいは、神さまが民の選別に失敗したり、初志を曲げる方で...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.6.23説教要約 ヨハネ 4:13-14「永遠の命に至る水」
「水を飲ませてほしい」。イエスさまは小さく弱く、乞う者としてわたしたちのところに来てくださいました。わたしたちは仕えるべき他者が与えられた時、あるいは労力を伴う奉仕の道を示された時、このサマリアの女性のように「なぜわたしに声をかけるのですか」と問いたくなるかもしれません。わ...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.6.16説教要約 ローマ 10:5-21「呼び求める者は救われる」
口でイエスが主であると言い表すというのは、単に「イエスハシュ」と唱えればいいということではありません。また、心で復活を信じるとは、単に「死人が生き返った」という出来事だけを信じるのでもありません。復活とは、死に代表されるような人間の力では抗いようもない絶望的な状況にあっても...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.6.9説教要約 創世記 32:23-31「絶対に手にいれたいもの」
兄エサウのかかとをつかんで生まれてきたヤコブの名前の由来は、この「かかと」でした。足を引っ張り、相手の不意を突いてだまし取る。その名の通り、ヤコブは兄が受けるはずだった「祝福」を奪って故郷を逃げ去ります。 やがて神さまから故郷へ帰るようにと言われるヤコブですが、当然彼の心...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.6.2説教要約 ローマ 9:30-10:4「律法の目標」
パウロは10章の2節で、イスラエルは神さまに熱心に仕えてはいたが、「正しい認識に基づいていなかった」と言います。この「正しい認識」とは、「こうでなければならない」といった、律法における定まった基準のようなものについて言っているのではないでしょう。神さまの言葉である律法を、そ...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.5.26説教要約 ローマ 9:6-33「選ばれた民のつまずき」
パウロの興味は、神さまの救いが異邦人に移った今、それではイスラエルはどのようになるのかということでした。神さまは最初からイスラエルの民を選び取り、アブラハムと契約を結んだのではなかったか。それを今になって反故にされるのか。そうではないのだとパウロは説明を始めます。...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.5.19説教要約 ローマ 9:1-5「聖霊による証し」
パウロは兄弟たちを思い、心を痛めています。この兄弟たちのためなら、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいというほどの決心です。キリストによって人生を大きく変えられたパウロがこう言うほどですから余程のことです。それほどまでにパウロが思いを募らせているこの兄弟た...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.5.12説教要約 ルカ 15:11-32 「よろこぶ人とともによろこぶ」
徴税人や罪人たちは、みんなから嫌われ、仲間はずれにされていた人たちでした。イエスさまはそのような人たちとも一緒に食事をしました。これを見て、ファリサイ派の人々や律法学者たちは不平を言います。そこでイエスさまは三つのたとえ話をなさいました。三つの話に共通しているのは、無くして...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.5.5説教要約 ローマ 8:31-39「何があっても離さない」
31節、パウロはローマの教会における「敵」の存在を意識しているように思えます。その敵は神の子たちを訴えると33節にあります。教会の外からか、あるいは内側においてなのかはわかりません。「わたしを悪人として、罪人として訴えようとする誰かがいる」。教会には恐れと疑いが広がっていた...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.4.28説教要約 ローマ 8:18-30「神の子となる希望」
わたしたち被造物はみな虚無に服している、とパウロは言います。この虚無とは、行く末が滅びであるということですが、しかしわたしたちにはまた希望も与えられています。それは、神さまの義を受け継いで「神の子」とされることです。この義とは、わたしたちが自力に依らず、一方的な創造主の恵み...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.4.21説教要約 ローマ 8:1-17「神さまを父と呼ぶ霊」
パウロは霊に従って生きる者はみな「神の子」だと言います。子とは、親の財産を相続する者。そして神さまがくださる財産とは、「神の義」であることが3章22節からわかります。 神さまは、御子キリストの十字架の血による贖いをもって、わたしたちの罪を見逃してくださいました。誰よりも正し...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.4.14説教要約 ローマ 7:7-25「律法の働き」
パウロは人間について、「霊と肉」という二つの性質を持つ存在として語ります。しかし、単純に霊は善いものであり、肉は悪いものであると分類してしまうことは、「この悪のはびこる地上の世界を捨てて、善に満ちた天の世界に旅立とう」という、ある種のカルト的な結論を導き出しかねません。...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.4.7説教要約 ローマ 7:1-6「霊に従う生き方」
旧約聖書の歴史は、神さまと人、人と人とのすれ違いの歴史だったとも言えます。わたしたちは自己神格化、自己正当化の罪の末に、互いに通じ合えずに苦しむこととなったのです。特に、知恵の木の実から得た言語や文字は、それらを巧みに用いようとすればするほど、わたしたちの心の奥にある「思い...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.3.31説教要約 ローマ 6:15-23「罪からの解放」
世の中では、何か悪いことをするのが「罪」だと言われています。しかし、パウロが言う「罪の奴隷」とは、わたしたちが悪い行いや考えに執着しているということではないようです。それが良いことであれ、悪いことであれ、わたしたちが自分の思いに囚われてしまっていること。特に、律法のような生...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.3.24説教要約 ローマ 6:1-14「罪に対して死ぬ」
洗礼とは、水の中を通り新たな命に生きる者となることです。これは、キリストが十字架の死によって罪に支配された体を滅ぼされて、復活の命に生きる者となったことと重なります。人は一度死ねば、二度とは死ねません。洗礼によって、キリストの十字架の死に与り、わたしたちの罪の体は滅ぼされる...
2024年9月11日読了時間: 2分
コラム「体のよみがえり」
原初の教会において、「キリストの復活とはどのようなものだったのか」ということが度々話題になり、議論が重ねられてきました。当時の科学や常識においてさえ、死者が生き返ることはあり得ないことでした。これをどのように説明したらいいのか、教会は頭を悩ませてきました。ある人は「体は死ん...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.3.10説教要約 ローマ 5:12-21「恵みの賜物」
これまで律法との関係の中で罪を語ってきたパウロでしたが、律法が与えられる前の時代(モーセ以前)にも罪は確かにあったことを、アダムを通して解き明かします。罪と死が密接な関係にあること。最初の人であるアダムから今に至るまで、死を逃れることのできた人がいないことから、律法を与えら...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.3.3説教要約 ローマ 5:1-11「キリストの苦難」
ユダヤの人々は律法を守るという行いによって、神さまから義と認められようとしましたが、パウロはアブラハムを引き合いに出しながら、誰でもキリストを信じる信仰によって義とされると説きました。キリストを信じるとは、神さまがキリストの十字架の血によって、わたしたちの罪を贖ってくださっ...
2024年9月11日読了時間: 2分
2024.2.25説教要約 ローマ 4:13-25「約束を実現する力」
この世界に生きている実感、自我の確立、自己の存在の証明。こうした「魂の救済」は昔から人間のテーマでした。旧約の時代、人々は永遠なる神さまとつながりを持つことで、子々孫々、未来永劫、神さまと共に自分自身も物語の一部として語り継がれていくことを願いました。義しい者として永遠なる...
2024年9月11日読了時間: 2分
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