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2024.3.10説教要約 ローマ 5:12-21「恵みの賜物」

2024年9月11日
読了時間: 2分

これまで律法との関係の中で罪を語ってきたパウロでしたが、律法が与えられる前の時代(モーセ以前)にも罪は確かにあったことを、アダムを通して解き明かします。罪と死が密接な関係にあること。最初の人であるアダムから今に至るまで、死を逃れることのできた人がいないことから、律法を与えられたユダヤ人だけではなく、全ての人が死と罪の支配のもとにあるとパウロは説いたのです。

 一人の人であるアダムから罪と死がわたしたちに入り込みました。そして、同じように一人の人であるイエスによって、わたしたちは命を得ることになります。アダムによって楽園から追放され、被造物として造物主との関係に生きることができずいいたわたしたちを、イエス・キリストはもう一度あるべき関係の中へと導いてくださったのです。土から生まれた肉体は、やがて土に還っていくことになるでしょう。しかし、自分が罪人であることを知らされ、己を顧みずに関係の回復に努めようとする神さまの姿をキリストの内に見出したのであれば、その恵みによって、わたしたちは赦された義しい者として生きることができるようになるのです。

 ただ肉体と共に滅びるのであれば虚しかった今日という一日が、創造主に望まれて生きる、意味のある一日となっていく。この十字架の恵みの賜物を、わたしたちも感謝して受けることができたらと願うのです。

 
 
 

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