top of page

2023.12.31説教要約 ルカ 2:22-38 「時代の終焉」 

  • 2024年1月17日
  • 読了時間: 2分

旧約聖書の価値観のひとつは、神さまからの祝福された者は「長寿」が与えられるというものでした。しかし、シメオンの願いは「安らかに世を去る」ことでした。たとえ生き長らえたとしても、満たされず、安らぎを得ることができないなら、そこに何の意味があるだろう。イエスさまの時代に、旧約聖書の価値観に対して、人々はそんな限界を感じていたのでしょう。


誰からも立派な人だと認められるように生きてきたシメオンは、しかし安らぎを得られませんでした。もしかしたら彼が求めていた救い主は、更に神さまに近づくような生き方を教えてくれる聖人君子だったかもしれません。ところが、聖霊によって彼に示されたのは生まれたばかりの幼子だったのです。


信頼の故に遠慮なく親に要求や不満をぶちまける幼子のように、神さまに対して素の自分、恥ずかしくて隠しておきたい本性さえもさらけ出していくこと。教えに従い、清く正しく、忍耐しながら生きていくことだけでは到達できない救いがあることを、シメオンは知ったのではないでしょうか。


やがて、この救い主が十字架で貫かれることによって、わたしたちの心の深いところにある闇の部分があらわにされ、光が当てられる時が来ることをシメオンは予告します。人間は自分自身の力ではその闇の部分を除き去ることはできません。だからこそ、新しい契約のもと、その闇の部分さえもすくい上げ、受け止めてくださる救い主がわたしたちには必要なのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.7.5説教要約 Ⅰコリント 3:10-22 「あなたがたが神殿」        井上創牧師

わたしたちはイエス・キリストを土台にして、それぞれに建物を建てていきます。これらは金でできていたり、藁でできていたりしますが、それらは優劣がつけられるものではありません。たとえ、わたしたちが日々積み上げていく証しが燃え尽きて、消えてしまったように見えても、それがキリストを土台としているのであれば、火によって精錬されたもののように、その救いは確かなものとして残るのです。  なぜなら、わたしたちが建て

 
 
 
2026.6.28説教要約 マタイ 16:13-20 「岩の上の教会」          井上創牧師

イエスさまは言いました。「シモンよ、あなたはペトロ(岩)。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」。この言葉に基づき、カトリック教会は初代の教皇はペトロであるとしています。天の国の鍵とは、罪の赦しを与える権限であると考えられ、やがて教皇には絶大な権力が集中していくこととなりました。  しかし、宗教改革によって生まれたプロテスタント教会は、このような権力の集中に至る「伝統」に疑問を唱え、「聖書のみ

 
 
 
2026.6.21説教要約 ルカ 18:35-43 「見えるようになりたいのです」   井上創牧師

連れてこられた盲目の物乞いにイエスさまは問います。「何をしてほしいのか」。これは、「わたしに何ができると信じているのか」という意味なのではないでしょうか。つまり、わたしにとってイエスさまはどのようなお方なのかという、信仰の告白が求められているのです。  既に盲人はイエスさまを「ダビデの子」と呼んでいました。これは、一般的な、そして伝統的なメシアに対する尊称です。しかし、イエスさまが救い主であること

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page