top of page
検索
2026.1.4説教要約 ルカ 2:22-40「待ち望んだときが来た」 井上創牧師
クリスマスの出来事とは、わたしたちが当たり前と思っている世界に、神さまの思いが斜めに切り込んでくる出来事です。年を重ねて子を産むことができないと言われていたエリサベトの懐妊に始まり、無名の少女であったマリアに救い主の母となることが告げられます。イスラエルの王となる赤ん坊が家畜小屋に生まれ、そこには貧しい羊飼いたちが招かれます。 そのクリスマスの物語が続いています。二人の老人が救いのしるしを目にします。わたしたちの思いの中に、「年を取ると一線を引いて役目を終える」ということが当たり前になってはいないでしょうか。昨今のこの国においてはことさら、「得かどうか」「機能的かどうか」「役に立つかどうか」ということにばかり重きが置かれているように思えます。しかし、神さまはクリスマスにこの二人を用いられるのです。二人は、この赤ん坊が救い主なのだと証言をします。大切な役割です。 シメオンは「安らかに去る」ことを喜んでいるようです。この世界に絶望を抱いたり、自分の力に限界を超えていたから、「去る」ことを喜んでいるのではありません。シメオンは「救いを見た」ことで「
3 時間前読了時間: 2分
2025.12.28説教要約 マタイ 2:13-23「御心が地でも行われますように」 井上創牧師
現在の研究では、預言書が書かれたのは、預言に記されている出来事よりも後の時代だと考えられています。つまり、預言者たちは過去に起こった出来事を、自分たちなりの神学的解釈を加えて、未来を予見しているかのようにして描いたのです。これは、今を生きる人々に、「より深く神さまのみ声に聞き従うものとなるように」との教訓を残すためでもありました。 預言者たちが伝えようとしている大きなテーマは二つ。一つは、神さまの思いから離れるときわたしたちにとって望ましくないことが起きるだろう、ということ。これは実際に聖書の民が体験した、国の滅亡と捕囚の出来事の原因が自分たちの不信仰であったという解釈に基づいています。 そして、もう一つのテーマは、神さまを信じて、依り頼む人たちは救われる、ということ。これも、古くは出エジプトの出来事に始まり、捕囚からの解放に至るまで、聖書の民が体験した救いの出来事に基づいています。 預言書には受け止めがたいようなことも語られています。しかし、かつて神さまがどんなときでも聖書の民と共にあったように、理解を超えた苦しい現実を生きるわたしたちと
1月4日読了時間: 2分
2025.12.21説教要約 マタイ 2:1-12「いちばん小さいもの」 井上創牧師
東方で星を見た占星術の学者たちは、ユダヤ人の王として救い主が生まれることを知りました。彼らはエルサレムへと向い、そこでヘロデ王に会いました。王が生まれるなら、王宮においてであろうと考えたらからでしょう。しかし、そこに新しい王はいませんでした。神さまの目は、このきらびやかな王宮や、立派な王座を見てはいなかったのです。 ヘロデ王は祭司長たちや律法学者たちに命じて、預言者の残した言葉を調べさせ、救い主がどこに生まれるかを突き止めました。それは小さな町ベツレヘムでした。預言には、この小さな町から指導者であり、イスラエルの牧者である者が現れるとありました。 これを聞いた学者たちは空を見上げます。東方で見て、王が生まれると知った途端に、学者たちの目は空ではなく王宮に向けられてしまったのでしょう。そして、「いちばん小さいもの」に救い主が宿ると聞いてもう一度、神さまが示してくださった星が輝く天に目を向けるようになったのです。 わたしたちも、神さまが見ておられる小さいものではなく、大きく立派なものに心を向けがちです。しかし、イエスさまはこの世界に小さいものと
1月4日読了時間: 2分
2025.12.14説教要約 マタイ 1:21-23「ともにおられる」 井上創牧師
イエスさまが生まれる前にヨセフのところに来た天使は、「子どもにイエスと名付けなさい」と言います。イエスとは、「神は救う」という意味です。当時のユダヤの人々は、支配者であるローマ帝国の圧政に苦しみ、律法に縛られて息苦しい生活をしていました。民は救いを求めていたのです。しかし、この救いは、武力によって支配者を倒すことや、律法やルールを取り払うということによって為されるのではありません。それでは、神さまは民をどのようにして救おうとなさっていたのでしょうか。 イエスさまにはもうひとつインマヌエルという呼び名が与えられます。意味は、「神は我々と共におられる」というものです。この呼び名を通して、神さまがわたしたちといつも一緒にいてくださることを、これから生まれる子どもは一生をかけて表していくことが告げられたのです。 どうにもならないと思えるような状況の中で、一人であると感じるとき、わたしたちはとてもつらい気持ちになります。そんなとき、一緒にいてくれる誰かがいるなら、それはとても心強いことです。ましてそれが、わたしたちをつくり、この世界に置かれた神さまであ
1月4日読了時間: 2分
2025.12.7説教要約 ルカ 1:39-56「主がおっしゃったこと」
マリアは何故エリサベトを訪ねたのでしょう。ひとつには、天使が告げたできごとを確かめたかったからかもしれません。実際にエリサベトが懐妊している姿を目にして、自分の身に起こることを確信したかったのでしょう。あるいは、マリアは不安だったのかもしれません。これから起こることを一人で受け止めることができず、自分と同じ境遇に置かれている人と一緒にいることで安心したかったのでしょう。 さて、もうひとつ。もしかしたらマリアはエリサベトのことが心配だったとは考えられないでしょうか。初産であるマリアも多くの心配を抱えていたことでしょう。しかし、初産であり高齢出産でもあるエリサベトを思ったとき、マリアはいても立ってもいられなくなったのではないでしょうか。 マリアの讃歌は、前半部分で一人の少女である自分が見出されたこと、魂が救われ、満たされたことを喜び歌っています。そして、後半部分は神さまの愛と平和の御業がこの世界に及んでいく様子を歌います。霊は人を導く力を持ちます。生きる意味を与えられ魂が満たされたマリアは、霊の導くままにエリサベトのもとへと平和の使者として遣わされ
2025年12月18日読了時間: 2分
2025.11.30説教要約 ルカ 1:26-3「お言葉どおり、この身に成りますように」
聖母と呼ばれるマリアは、特別な信仰や力を持っていたのでしょうか。聖書ではまず、何でもない「おとめ」としてマリアを紹介しています。これは、マリアがわたしたちと同じ一人の信仰者であり、そのモデルとなっているということなのでしょう。 天使ガブリエルはマリアに「主があなたと共におられる」と語りかけます。マリアは戸惑い、考え込みます。天使は続けて、神が生まれてくるイエスにダビデの王座をくださると告げます。マリアは「わたしは男の人を知りません」と自分の身の上についての懸念を明かします。 ここまでで、天使は神さまの御心を語り、マリアは自分自身のことに気持ちを向けていることがわかってきます。わたしたちも、例え今この時に神さまの御業が自分に臨むとしても、素直に天に目を向けることの難しい者なのではないでしょうか。 天使は三度目には、マリアの身近にあるできごとについて触れます。エリサベトの懐妊は人の思いを超えた業でしたが、そのことはマリアの現実の生活にも近いところで起こっていることでした。そのため、マリアは「神にはできないことは何ひとつない」という天使の言葉に対して
2025年12月18日読了時間: 2分
2025.1.12説教要約 ルカ 17:11-19 「いやされた人」
重い皮膚病を患っている十人に、イエスさまは「祭司たちのところへ行って、体を見せなさい」と言います。当時は、このような病気にかかって治ったとしても、祭司たちがそれを確認し許可しなければコミュニティーに帰ることはできない決まりになっていました。十人は、自分の体が治るのを待たずに...
2025年1月28日読了時間: 2分
2025.1.5説教要約 ヨハネ 16:16-24 「イエスを見る」
イエスさまは弟子たちに「しばらくするとあなた方はわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」と言いました。これは、イエスさまの復活について言っているのでしょうか。それとも、再臨についてでしょうか。...
2025年1月28日読了時間: 2分
2024.12.29説教要約 ルカ 2:28-35「新しく始まる命」
人によっては、地上で生きる日々は苦しみと虚しさに満ち、いっそ死んだ方がましだとさえ思えるときもあるかもしれません。シメオンは幼いイエスさまと出会い「今こそ安らかに世を去ることができる」と喜びました。シメオンは年を重ねて生きなければならないことに疲れを感じていたから、去ること...
2025年1月28日読了時間: 2分
2024.12.22説教要約 ルカ 2:1-7 「聖なる静寂」
ローマ皇帝アウグストゥスの住民登録の勅令は、人頭税を徴収することが目的だったと言われています。人々は故郷の町へと旅をするためにてんやわんやの大騒ぎ。貧しい民は更に搾り取られ、ユダヤでは反乱の気運も高まっていきました。 そんな混沌とした世情の裏側で、ひっそりと生まれたのがイエ...
2025年1月5日読了時間: 2分
2024.12.15説教要約 マタイ 2:1-11「かなたに見た星」
讃美歌21の244番3節、「救いの星は空に照るが、世の人は主をかえりみない」。占星術の学者たちは「東方でその星を見た」と言います。しかし、その後も星を見上げ続けできたのでしょうか。それならば何故、間違えてヘロデ王の宮殿を訪ねたのでしょう。もしかしたら、学者たちの心の中に「王...
2025年1月5日読了時間: 2分
2024.12.8説教要約 ルカ 1:26-38、46-55 「しあわせなマリア」
マリアはどこにでもいる普通のマリアでした。アブラハムのように「すべての人の父」と呼ばれる偉大さも、モーセのように神さまの思いを人々に伝える力も、ダビデのような勇敢さや賢明さも持ち合わせていませんでした。しかし、そのようなマリアのもとに神さまからの使いが来ます。...
2024年12月20日読了時間: 2分
2024.12.1説教要約 イザヤ 60:1-7 「光を待ち続ける民」
預言書を読むときに、三つの時代からの視点を持つことが大切です。その預言が書かれた時代。キリストの登場によってその預言が意味を持った時代。そして、その預言を聞くわたしたちの時代です。讃美歌241番の歌詞も、この三つの視点によって3節に分けられていると考えることができるでしょう...
2024年12月20日読了時間: 2分
2024.11.24説教要約 ローマ 16:21-27 「取り除かれた覆い」
パウロは働きを共にした仲間たちの名前を列挙した後に、神さまの秘められた計画について証ししています。それまで隠されていたものが、覆いを取り除かれたようにはっきりとわたしたちに明かされる。それがキリストの出来事なのです。預言者たちが託されていた言葉の意味も、キリストを通して理解...
2024年12月20日読了時間: 2分
2024.11.17説教要約 ローマ 16:1-21 「従順の上に」
パウロはひとつの警告すべき事柄について述べています。それは、教会に不和やつまずきをもたらす人々についてでした。パウロはこの手紙の中で、分裂しそうになっている教会に和解の道を示そうとしていたはずではなかったでしょうか。しかし、ユダヤ人キリスト者も異邦人キリスト者も、自分の信念...
2024年11月24日読了時間: 2分
2024.11.10説教要約 ルカ 9:28-36 「これはわたしの子」
イエスさまこれからエルサレムに向い、そこで「多くの苦しみを受け、殺され、三日目に復活する」ことを予告しました。この話をした後、イエスさまと弟子たちが山に登って祈っていると、イエスさまの顔が変わり、衣が輝き始めました。弟子たちが見ると、二人の人がイエスさまと語り合っていました...
2024年11月24日読了時間: 2分
2024.11.3説教要約 コロサイ 2:20-3:4 「キリストと共に」
パウロは読者に対して、「あなたがたは死んだ」「復活した」と、それがまるで既に起こったことのように言います。彼独特の表現です。彼は終末におけるキリスト再臨の約束が確かなものだと信じているので、死や復活などの未来の出来事が今まさに身に起こっている出来事として受け止めているのです...
2024年11月17日読了時間: 2分
2024.10.27説教要約 フィリピ 1:12-30「キリストにある生」永瀬克彦牧師(上諏訪教会)
「いつも喜んでいなさい」(Iテサ5:16)。パウロはまさにこの姿を体現しています。パウロは獄中からフィリピの信徒に向けて手紙を書いています。普通であれば、「助けてほしい」「励ましてほしい」と書くでしょう。しかし、パウロは反対にフィリピの人たちを励ましています。辛いのをぐっと...
2024年11月8日読了時間: 2分
2024.10.20説教要約 ローマ 15:22-33「祈り合う者たち」
一説では、パウロはいわゆる第三次宣教旅行の際にコリントに立ち寄り、そこでローマの信徒への手紙を書いたと考えられています。そこから、まずはエルサレムへと向い、マケドニア州やアカイア州で集めた募金を届け、やがてローマの教会の人々に会うときには、「キリストの祝福をあふれるほど持っ...
2024年11月8日読了時間: 2分
2024.10.13説教要約 ヨシュア 6:1-5 「静かな戦い」
エリコの町の人々は、神さまの力を恐れて門を閉めてしまいました。ヨシュアたちは、その町の周りをぐるぐると行進しました。その様子は、角笛を吹きながら、神さまの臨在の箱を掲げて、静かに歩むという、まるで宗教的祭儀のようでした。ヨシュアたちが攻撃してこないとわかったら、町の人たちは...
2024年10月25日読了時間: 2分
お知らせ: Blog2
bottom of page