top of page

2024.10.20説教要約 ローマ 15:22-33「祈り合う者たち」

  • 2024年11月8日
  • 読了時間: 2分

一説では、パウロはいわゆる第三次宣教旅行の際にコリントに立ち寄り、そこでローマの信徒への手紙を書いたと考えられています。そこから、まずはエルサレムへと向い、マケドニア州やアカイア州で集めた募金を届け、やがてローマの教会の人々に会うときには、「キリストの祝福をあふれるほど持って」行くことができるだろうと彼は言うのです。

 聖霊降臨による教会発祥の地でありながら、当時のエルサレム教会は困窮していたのでしょう。パウロのこの旅の目的は募金を集めることでもありました。ただ請い願うだけではありません。パウロが諸教会を巡って霊の力によって励まし勇気づけた様子が使徒言行録にも描かれています。エルサレム教会と諸教会との間には、祈り合い、支え合い、励まし合う関係が作られました。それはどちらか一方だけの益になるのではなく、互いがその存在を喜び合うことでもあったのです。

 パウロは「わたしのために祈ってください」と書きます。隣人のために執り成しの祈りをするだけではなく、悲しんでいるわたし、喜んでいるわたしのために祈ってくださいとパウロは言うのです。エルサレムの教会に募金を届けたパウロは、祈り合い、仕え合い、支え合うキリストの愛を実践することによって与えられる喜びの報せを「キリストの祝福」としてローマ教会にも届け、分かち合い、更にはローマ教会との間にも同じ祝福を見出したいと願っているのではないでしょうか。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.7.5説教要約 Ⅰコリント 3:10-22 「あなたがたが神殿」        井上創牧師

わたしたちはイエス・キリストを土台にして、それぞれに建物を建てていきます。これらは金でできていたり、藁でできていたりしますが、それらは優劣がつけられるものではありません。たとえ、わたしたちが日々積み上げていく証しが燃え尽きて、消えてしまったように見えても、それがキリストを土台としているのであれば、火によって精錬されたもののように、その救いは確かなものとして残るのです。  なぜなら、わたしたちが建て

 
 
 
2026.6.28説教要約 マタイ 16:13-20 「岩の上の教会」          井上創牧師

イエスさまは言いました。「シモンよ、あなたはペトロ(岩)。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」。この言葉に基づき、カトリック教会は初代の教皇はペトロであるとしています。天の国の鍵とは、罪の赦しを与える権限であると考えられ、やがて教皇には絶大な権力が集中していくこととなりました。  しかし、宗教改革によって生まれたプロテスタント教会は、このような権力の集中に至る「伝統」に疑問を唱え、「聖書のみ

 
 
 
2026.6.21説教要約 ルカ 18:35-43 「見えるようになりたいのです」   井上創牧師

連れてこられた盲目の物乞いにイエスさまは問います。「何をしてほしいのか」。これは、「わたしに何ができると信じているのか」という意味なのではないでしょうか。つまり、わたしにとってイエスさまはどのようなお方なのかという、信仰の告白が求められているのです。  既に盲人はイエスさまを「ダビデの子」と呼んでいました。これは、一般的な、そして伝統的なメシアに対する尊称です。しかし、イエスさまが救い主であること

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page