top of page

2024.9.15説教要約 ローマ 14:1-12「生きるも死ぬも主のもの」 

ローマの教会において、ユダヤ人キリスト者は律法を知らない異邦人キリスト者を批判して裁き、異邦人キリスト者はユダヤ人キリスト者を「信じて委ねることのできない信仰の弱い者」と侮っていました。このような分裂に心を痛めたパウロは、食物規定や安息日を守る者も、守らずに自由にする者も、神さまのためにそうしているということ。それぞれの生き方や在り方によってキリストを現すのだということを説きました。

 終わりの時、わたしたちは神さまの前に立ち、隣人の不十分であったところを申し述べるのではなく、ただ自分自身のことを話すのです。しかも、わたしたちの為した諸々の罪の結果については、既にキリストにおいて清算されていることから、わたしたちが口にするのは、ただ聖霊によって導かれ支えられながらこの身をもって為した「神さまのわざ」を誉め讃えることだけなのでしょう。

 わたしたちが他者を侮るのは、「相手よりも自分の方が優れている」、あるいは「相手よりも自分の方が苦労している」といった比較をする場合ではないでしょうか。相手の方が不十分だという裁きが侮りを生むのでしょう。わたしたちは一人一人がそれぞれの年代や環境によって違う課題に向かい合い、違う苦労を背負って生きています。わたしたちがその苦難や忍耐や、ときには死を通してさえ、支え導いてくださる神さまの御力を証していくのだと、信じ合うことができますように。

最新記事

すべて表示

2024.11.17説教要約 ローマ 16:1-21 「従順の上に」

パウロはひとつの警告すべき事柄について述べています。それは、教会に不和やつまずきをもたらす人々についてでした。パウロはこの手紙の中で、分裂しそうになっている教会に和解の道を示そうとしていたはずではなかったでしょうか。しかし、ユダヤ人キリスト者も異邦人キリスト者も、自分の信念...

2024.11.10説教要約 ルカ 9:28-36 「これはわたしの子」

イエスさまこれからエルサレムに向い、そこで「多くの苦しみを受け、殺され、三日目に復活する」ことを予告しました。この話をした後、イエスさまと弟子たちが山に登って祈っていると、イエスさまの顔が変わり、衣が輝き始めました。弟子たちが見ると、二人の人がイエスさまと語り合っていました...

2024.11.3説教要約 コロサイ 2:20-3:4 「キリストと共に」

パウロは読者に対して、「あなたがたは死んだ」「復活した」と、それがまるで既に起こったことのように言います。彼独特の表現です。彼は終末におけるキリスト再臨の約束が確かなものだと信じているので、死や復活などの未来の出来事が今まさに身に起こっている出来事として受け止めているのです...

Comments


bottom of page