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2024.11.17説教要約 ローマ 16:1-21 「従順の上に」

2024年11月24日
読了時間: 2分

 パウロはひとつの警告すべき事柄について述べています。それは、教会に不和やつまずきをもたらす人々についてでした。パウロはこの手紙の中で、分裂しそうになっている教会に和解の道を示そうとしていたはずではなかったでしょうか。しかし、ユダヤ人キリスト者も異邦人キリスト者も、自分の信念に基づき、神さまに真っ直ぐに向き合おうとするあまりに相手を攻撃していたのであって、「純朴な人の心を欺き」はしませんでした。

うまい言葉やへつらいによって偽りを伴う話し合いには、何の積み重ねもありません。パウロはそういう人たちからは「遠ざかる」しかないと言います。素直に和解を求めれば、騙されてしまい、不和やつまずきがもたらされるのでしょう。

 キリスト者の弱点は、従順であるということでしょう。神さまを信じ、他者を積極的に受け入れようとすることは美徳だとパウロも認めます。しかし、その上に「善にさとく、悪には疎くあること」が望まれています。そして、悪の目論見が平和の神によって打ち砕かれる時まで、わたしたちはこの地上においてこの悪に対抗する力を持たなければなりません。それが、自分を支え、自分のために祈ってくれる存在なのではないでしょうか。

 パウロが名前を挙げた人たちは、プリスカとアキラを始めとして、彼の生活や宣教のわざを支え続けた人たちでした。この人たちを通して、パウロは真っ直ぐな思いでローマの教会につながろうとしているのではないでしょうか。

 
 
 

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