top of page

2024.9.8説教要約 出エジプト記 16:1-12「天からのパン」

  • 2024年9月22日
  • 読了時間: 2分

聖書の民はモーセに導かれてエジプトの国から逃げ出しました。行く先は荒れ野でした。荒れ野には水も食べ物もありません。民は不平不満をモーセにぶつけます。「これならエジプトにいた頃の方がましだった。あそこでは肉もたらふく食えた」と。

 この民の姿はわたしたちと似ているかもしれません。わたしたちも日々の生活の中で何か不自由で理不尽なことがら(エジプト的な支配)に縛られているのではないでしょうか。そして、そういった価値観から一度は解き放っていただいても、何か自分に都合の悪いことが起こると、かつての生活を思い出して自ら虜に戻りたいと思ってしまう。そういうわたしたちの弱さを神さまはご存知で、何とかしようとしてくださいます。

 聖書の民の求めは受け入れられ、夜にはうずらの肉が与えられ、朝には白く輝くマナが与えられました。民はこれによって満たされました。大切なのは、このマナが毎日与えられたということです。神さまは民のその時々の不平や求めに、その度に応じて答えてくださるということではなく、いつでも共にいるというしるしとしてマナをくださったのではないでしょうか。

 イエスさまは御自分を天からのパンであると言われました。これは、空腹の時に食べ物が与えられる。困ったときに助けてもらえるということではなく、神さまがいつもわたしたちと共にいて、生ける御言葉であるイエスさまがいつも語りかけてくださっているということなのではないでしょうか。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.5.17説教要約 エフェソ 2:14-22「わたしたちは主の住まい」     井上創牧師

パウロはエフェソ教会の中に起こった対立・分裂の危機に対して、和解を勧めるためにこの手紙を書いたのでしょう。それでは、どのようにして異なる思いを抱く者たちが一つになることができるのでしょうか。  パウロの語っていることをよく聴いてみると、まず二つのものが一つになってから、「敵意を滅ぼす」「律法を廃棄する」「平和を実現する」という順番になっていることがわかります。敵意が消え、対立の原因になっている律法

 
 
 
2026.5.10説教要約 ヨハネ 20:24-31「わたしの神よ」          井上創牧師

イエスさまが復活して弟子たちのところに来たとき、トマスだけがその場にいませんでした。後になって、復活したイエスさまに会ったと仲間たちに聞かされたトマスは、「わたしは決して信じない」と口にします。しかも、「この指を釘跡に入れ、この手をそのわき腹に入れてみなければ」と。  これは本気で言っていたわけではないでしょう。実際にそういうことがしたかったのではなくて、自分のいないときに来たイエスさまに腹を立て

 
 
 
2026.5.3説教要約 マタイ 11:25-30「幼子を待つ」           井上創牧師

イエスさまは神の国の秘密について、神さまはそれを「幼子のような者にお示しになりました」と語ります。知恵ある者、賢い者が自分の力で難局を乗り切ろうとするのに対して、この「幼子のような者」とは、親を信頼する子どものように、神さまを信頼して委ねる者を意味しているのではないでしょうか。そのような者たちにはこの世界で起こるさまざまな事柄の中に神さまの御業を見出すことができるのでしょう。  この世界には自力を

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page