top of page

2024.12.29説教要約 ルカ 2:28-35「新しく始まる命」

  • fujimikougenchurch
  • 2025年1月28日
  • 読了時間: 2分

 人によっては、地上で生きる日々は苦しみと虚しさに満ち、いっそ死んだ方がましだとさえ思えるときもあるかもしれません。シメオンは幼いイエスさまと出会い「今こそ安らかに世を去ることができる」と喜びました。シメオンは年を重ねて生きなければならないことに疲れを感じていたから、去ることを喜んだのでしょうか。

30節に「この目で救いを見たからです」とあります。救いを見た。だからこそ、安らかに去ることができるとシメオンは喜ぶのです。しかし、この救いとは単純に困難な状況が改善したり、問題が解決に導かれるといった対処療法的なものではありませんでした。むしろ、イエスさまによって人は躓いたり、転んだり、刺し貫かれたりもすることになるのです。これは、わたしたちの心にある思いがあらわにされるためでした。

たとえマリアとヨセフのように律法の規定通りに生きようとしても、シメオンのように正しい人で信仰に篤いと言われてみても、わたしたちの心の奥底には、誰にも言えないような自分勝手な思いが隠されているのではないでしょうか。その罪の姿が十字架を前にして明らかなものとされるのです。

そして、神さまはそういうわたしたちをそのままにはしておかれません。倒した者は立ち上がらせることがおできになる方は、古い自分に生きるわたしたちを去らせて、他者に仕える新たな命に生きる者へとよみがえらせてくださるのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.1.4説教要約 ルカ 2:22-40「待ち望んだときが来た」      井上創牧師

クリスマスの出来事とは、わたしたちが当たり前と思っている世界に、神さまの思いが斜めに切り込んでくる出来事です。年を重ねて子を産むことができないと言われていたエリサベトの懐妊に始まり、無名の少女であったマリアに救い主の母となることが告げられます。イスラエルの王となる赤ん坊が家畜小屋に生まれ、そこには貧しい羊飼いたちが招かれます。  そのクリスマスの物語が続いています。二人の老人が救いのしるしを目にし

 
 
 
2025.12.28説教要約 マタイ 2:13-23「御心が地でも行われますように」  井上創牧師

現在の研究では、預言書が書かれたのは、預言に記されている出来事よりも後の時代だと考えられています。つまり、預言者たちは過去に起こった出来事を、自分たちなりの神学的解釈を加えて、未来を予見しているかのようにして描いたのです。これは、今を生きる人々に、「より深く神さまのみ声に聞き従うものとなるように」との教訓を残すためでもありました。  預言者たちが伝えようとしている大きなテーマは二つ。一つは、神さま

 
 
 
2025.12.21説教要約 マタイ 2:1-12「いちばん小さいもの」  井上創牧師

東方で星を見た占星術の学者たちは、ユダヤ人の王として救い主が生まれることを知りました。彼らはエルサレムへと向い、そこでヘロデ王に会いました。王が生まれるなら、王宮においてであろうと考えたらからでしょう。しかし、そこに新しい王はいませんでした。神さまの目は、このきらびやかな王宮や、立派な王座を見てはいなかったのです。  ヘロデ王は祭司長たちや律法学者たちに命じて、預言者の残した言葉を調べさせ、救い主

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page