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2024.12.1説教要約 イザヤ 60:1-7 「光を待ち続ける民」 

  • 2024年12月20日
  • 読了時間: 2分

 預言書を読むときに、三つの時代からの視点を持つことが大切です。その預言が書かれた時代。キリストの登場によってその預言が意味を持った時代。そして、その預言を聞くわたしたちの時代です。讃美歌241番の歌詞も、この三つの視点によって3節に分けられていると考えることができるでしょう。

 讃美歌の1節は、救い主を待ち続けているイスラエルの民について書かれています。イザヤの時代の人たちも、荒廃した都エルサレムや、廃れていくユダヤの文化や宗教などのアイデンティティーを照らしてくれる光を待ち望んでいました。

2節は、「まぶねの中、眠るみ子」について。しかもそれが、「しもべの姿」としてわたしたちのところに来られたというのです。闇とは、この世界の不条理や理不尽に満ちた世相を表している言葉とも言えますが、「何も見えない状態」を表しているとも言えるでしょう。キリストの到来によって、神さまが「仕える者」としてわたしたちに寄り添い、そばに侍ってくださるのだという真実が明かされたことで、地上をさまようわたしたちには、それまで隠されていた道が示されたのです。

3節は、つくられし者に向けて「歌え」と書かれています。喜びあふれる知らせを告げる天使たちの声を聞いた者は皆、救い主の訪れを歌い響かせる者となるのです。この視点に立つとき、「立て、光をはなて」という預言は、わたしたちに直接向けられた言葉となって響いてくるのではないでしょうか。

 

 
 
 

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