top of page

クリスマス・メッセージ

  • 2020年12月21日
  • 読了時間: 2分


クリスマス・メッセージ


野原でたき火を囲む羊飼いたちは、どのような思いで火をみつめていたのでしょう。遠い空には瞬く星たち。その無数の光は、目の前で燃えさかる炎を無心のまま眺めている羊飼いたちには届いていません。羊を狙う獣たちから身を守るため、凍える体と心を温めるため、今はこの火が羊飼いたちには必要なのです。しかし、また朝が来れば羊飼いたちはそこを離れ、重い体を引きずって新しい一日に歩み出していかなければなりません。

 

羊飼いたちはいつから天を見上げなくなったのでしょうか。地上における現実が彼らを縛り、身動きが取れないようにしてしまいました。一時のあたたかさが与えられても、それらもやがて消え去るときが来ます。羊飼いたちは世の始めから天に定められている光を見ようともせず、その光を配置された方をも忘れ去ろうとしています。


そのような羊飼いたちのところへ、天から呼びかける声が届けられます。この世界を造られた方のもとへともう一度呼び戻す声です。わたしを、そしてあなたをこの世界で生きる者となるようにと命を与えてくださった方の思いが込められた声です。わたしたちが望まれていることを、必要とされていることを思い出させてくれる声です。


その声が確かであることを、飼い葉桶に眠る小さな命が教えてくれました。命を超えるお方が、わたしたちと一緒に生きようと、命を抱いて幼子としてこの地上に来てくださったのです。全ての人の思いを天へと、神さまのもとへと導く光です。今や、わたしたちの心は自らの前に燃えていた火のもとにはありません。星の数ほどの無数の命の光が、天にも地にも溢れていることに気が付いたからです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.7.5説教要約 Ⅰコリント 3:10-22 「あなたがたが神殿」        井上創牧師

わたしたちはイエス・キリストを土台にして、それぞれに建物を建てていきます。これらは金でできていたり、藁でできていたりしますが、それらは優劣がつけられるものではありません。たとえ、わたしたちが日々積み上げていく証しが燃え尽きて、消えてしまったように見えても、それがキリストを土台としているのであれば、火によって精錬されたもののように、その救いは確かなものとして残るのです。  なぜなら、わたしたちが建て

 
 
 
2026.6.28説教要約 マタイ 16:13-20 「岩の上の教会」          井上創牧師

イエスさまは言いました。「シモンよ、あなたはペトロ(岩)。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」。この言葉に基づき、カトリック教会は初代の教皇はペトロであるとしています。天の国の鍵とは、罪の赦しを与える権限であると考えられ、やがて教皇には絶大な権力が集中していくこととなりました。  しかし、宗教改革によって生まれたプロテスタント教会は、このような権力の集中に至る「伝統」に疑問を唱え、「聖書のみ

 
 
 
2026.6.21説教要約 ルカ 18:35-43 「見えるようになりたいのです」   井上創牧師

連れてこられた盲目の物乞いにイエスさまは問います。「何をしてほしいのか」。これは、「わたしに何ができると信じているのか」という意味なのではないでしょうか。つまり、わたしにとってイエスさまはどのようなお方なのかという、信仰の告白が求められているのです。  既に盲人はイエスさまを「ダビデの子」と呼んでいました。これは、一般的な、そして伝統的なメシアに対する尊称です。しかし、イエスさまが救い主であること

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page