top of page

7月21日説教要約 ルカ7:11-17 「その心に芽吹く気持ち」

  • 2019年8月4日
  • 読了時間: 2分

ルカ7:11-17

「その心に芽吹く気持ち」    

わたしたちは物事の結末を見てから納得し、安心するのです。

起こったことが一つのところにおさまるまで、落ち着かないのです。

しかし、神さまはまだ何も解決していないうちから、「もう泣かなくともよい」と言われるのです。

それは、「わたしに任せていなさい」「わたしの用意する未来を信じなさい」と言われているのと同じことなのではないでしょうか。


夫を失い、一人息子を失い、未来に何の希望も抱けない。そういうこのやもめ。

心の奥底には横たわっている。冷たくなってしまった情熱。

もう戻らないのだろうと感じている。信じ切ってしまっている。

わたしの中に横たわってしまっている、棺に葬り去ってしまった希望。


イエスさまはそこにめがけて言葉を発するのです。

棺の中で横たわっているわたしの希望に向かって言うのです。


「若者よ、あなたに言う。起きなさい」。


起こされるのは、やもめの息子でしょうか。そうです。

そして、わたしが亡きもののごとくにしてしまった、あの希望に対して、「若者よ」と呼びかけてくださっているのです。


若さとは年齢でしょうか。

そうではなく、みずみずしさを失わない新鮮さと、危なっかしい未熟さと、しかし失敗を恐れない勇気と。

そういう希望が、若い希望が、わたしたちの内に呼び覚まされ、芽吹くのです。


90歳?それでもいいのです。

そういうあなたの未来の一瞬一瞬に、若い希望が起こされていくのです。


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.3.1説教要約 ルカ 19:1-10  「救いがこの家を訪れた」      井上創牧師

ザアカイは木に登ってまでもイエスさまを見たいと願いました。一つ前の物語、目の見えない人が周囲の制止を振り切ってイエスさまを求めて叫び続けた心情と重なるように思えます。ザアカイもまた自分の在り方に揺らぎを覚え、心の奥底では助けを求めていたのではないでしょうか。  ザアカイはイエスさまから「あなたの家に泊まりたい」と言われたときに喜びます。地位の高い人や高名な人が集落を訪れたとき、その人を泊めるのはそ

 
 
 
2026.2.15説教要約 ヨハネ 11:17-27「このことを信じるか」       井上創牧師

亡くなったラザロの姉妹であるマルタは、「死者が終わりの日に復活する」という教えを知っていました。「イエスさまが神さまに願うことは、かなえられる」ことも知っていました。おそらく、マリアも知っていたでしょう。しかし、実際に兄弟の死を前にしたとき、彼女たちの心は悲しみに支配されていました。そこでイエスさまはマルタに問うのです。「信じるか」と。  わたしたちは証拠を見せられたり、証明してもらえれば、安心し

 
 
 
2026.2.8説教要約 ネヘミヤ 2:11-20「神さまのご計画」         井上創牧師

ネヘミヤは故郷であるエルサレムの町が荒廃していることを聞いて悲しみました。かつて大国によって攻め滅ぼされたときのまま、城壁も門も壊れた状態で放置されているというのです。  ネヘミヤは仕えていた王から帰国の許可をもらい、更には復興のための支援を受けて、故郷へ向いました。彼はしかし、用心深く一人で町に入り、修復が必要な箇所の視察も夜の内に行いました。復興を良く思わない人たちが町の内外にいたからです。

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page