2026.9.20説教要約 Ⅰコリント 12:12-27「一つの体」 井上創牧師
急速に多様化する世界において、異質なものに対峙するとき、わたしたちはそれに拒否感を覚えたり、排他的になったりするのではないでしょうか。新約聖書の時代も、ローマ帝国の支配地域である地中海世界は多様な民族や文化が入り交じり、混沌とした状態であったと想像できます。だからこそ、ユダヤ人たちは純血主義、民族主義へと傾き、排他的な律法主義に陥っていったのでしょう。
律法主義とは「こうでなければならない」という、わたしたちの思い込みや自己正当化につながっています。そして、神さまを超えて、人が自分の正義をもって人を裁く姿を、聖書は「罪」として描いています。他者を裁き、傷つけるだけではありません。「思い通りにならない現実」という思い込みは、自分自身をも苦しめます。イエスさまは、そういう自分中心の思いから離れて、神さまの声に耳を傾け、その思いに身を任せることを、わたしたちに教えてくださいました。
わたしたちはそれぞれに違う人間です。感じ方も、考え方も違います。それでも一つの群れ、一つの教会としていられるのは、イエス・キリストの体の一部として召されているからです。「こうでなければならない」という束縛から解かれ、神さまに委ね、互いを自分の体の延長として慈しむことで、わたしたちは一つになることができるのです。体の内を巡る血液のように、わたしたちの間に聖霊が満ち、愛が流れていきますように。
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