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2026.7.12説教要約 ヨハネ 4:46-54「帰りなさい」           井上創牧師

  • 7月29日
  • 読了時間: 2分

 イエスさまのなさる奇跡のわざはどれも素晴らしいもので、感動を覚えます。しかし、わたしたちはこころの奥底では「それならば、なぜわたしの祈りは聞かれないのか」「今こそ奇跡が必要なのに」と思ってはいないでしょうか。そういうわたしたちの思いを知って、イエスさまは「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と、わたしたちの深い罪を憐れんでくださいます。

 そして、息子のために家に来てほしいと懇願する役人に向って、「帰りなさい」」と言うのです。赴いてその手で触れることも、耳元で語りかけることもしません。一見すると冷たい態度のようにも思えます。しかし、奇跡は起こります。イエスさまが「あなたの息子は生きる」と言われたその言葉を、その人が信じて帰ったからです。

 イエスさまはわたしたちにも語りかけておられます。教会は神さまの恵みにあふれ、天国のように感じられることもあるかもしれません。それでもわたしたちは各々の現場に帰っていかなければなりません。そこが困難と苦悩に満ちているとしても。しかし、わたしたちは一人ではありません。イエスさまの「言葉」がわたしたちと共にあります。

 御言葉を信じ、見なくても信じる者として遣わされていく先で、わたしたちの周囲の人たちも一緒に奇跡をみることになるのでしょう。それがこの物語によって証しされているのです。

 
 
 

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