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2026.5.31説教要約 Ⅰコリント 15:42-58 「朽ちるもの朽ちないもの」     井上創牧師

7月12日
読了時間: 2分

 パウロは、朽ちるものである肉と血は神の国を受け継ぐことができないと言いました。それでは、この自然の命の体はいらないものなのでしょうか。蒔かれる前の卑しい肉体は早々に捨てて、新しい霊の体に復活させていただくべきだと言いたいのでしょうか。パウロは58節で「こういうわけですから」と、この章の結論について話し始めます。「動かされないようにしっかりと立ち、主の業に励みなさい」。彼は、早く霊の体になって神の国に行こうとは言わないのです。

 53節では、「朽ちるべきものが朽ちないものを着る」と言われています。「死ぬべきものが死なないものを着る」とも。つまりこれは、わたしたちは朽ちる体、罪の体のままに、キリストの復活の命、霊の体をその上から着せていただけるということなのでしょう。限界のある体、過ちを犯すわたしのままで、しかし赦された者、愛された者として生きていくようにと招かれる。それがキリストの復活に与るということなのです。

 律法は神さまの愛の言葉ですが、わたしたちはそれを、互いを裁く道具として用いてしまいます。「おまえはダメだ。そんなことをしても無駄だ。」そういう言葉に打ちのめされて、希望を手放し、諦めそうになる時というのは、わたしたちが神さまの力を疑い、そのご計画から目を背けている時でもあります。わたしたちは、弱音を吐きそうになる肉の体の上に霊の体を着せていただき、しっかり立ち、主の業に励めたらと願うのです。

 
 
 

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