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2026.5.17説教要約 エフェソ 2:14-22「わたしたちは主の住まい」     井上創牧師

5月24日
読了時間: 2分

 パウロはエフェソ教会の中に起こった対立・分裂の危機に対して、和解を勧めるためにこの手紙を書いたのでしょう。それでは、どのようにして異なる思いを抱く者たちが一つになることができるのでしょうか。

 パウロの語っていることをよく聴いてみると、まず二つのものが一つになってから、「敵意を滅ぼす」「律法を廃棄する」「平和を実現する」という順番になっていることがわかります。敵意が消え、対立の原因になっている律法が棄てられてから一つになるわけではないようです。

 16節に、キリストは「十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ」敵意を滅ぼした、とあります。対立する両者は神さまとの和解によって一つの体となるのです。ローマの信徒への手紙にも書かれていましたが、神さまとの和解は、一方的な神さまからの赦しによって成立しました。対立する両者が共に十字架を前にして自分たちの罪の姿をはっきりと確認することで、神さまからの赦しを得ることができるのです。このようにして、両者は互いを不完全なものとして認め、神さまの恵みによって生かされていることを喜び合い、一つの体となっていくことができるのではないでしょうか。

 この罪と赦しの確認が行われるのが礼拝です。わたしたちは礼拝共同体として、十字架のキリストを要石として、これからも組み合わされて成長し、神の住まいとなっていくのです。

 
 
 

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