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2026.4.26説教要約 ルカ 12:22-34「野にある花のように」       井上創牧師

5月24日
読了時間: 2分

 迷い出た羊を探しにくる羊飼いであるイエスさまは、親のない迷子のように不安の中にいるわたしたちを憐れんで、悩まずに生きる道を示してくださろうとします。イエスさまはまず烏や野原の花の姿を通して、そこに思い悩まない生き方を見るようにと勧めます。烏や花にも困難なときはあることでしょう。しかし、どうして思い悩まずにいられるのでしょうか。

 イエスさまは「神の国を求めなさい」と続けて言われます。神の国とは、神さまが支配するところ。つまり、その力が豊かに働くところです。わたしたちはつい自分の力を働かせて難局を乗り切ろうとします。それが思い悩みを産んでいるのでしょう。神さまに頼り、神さまに委ねることで、神さまがわたしたちに代わって働いてくださるのです。

 烏も花も、自分に与えられたものを、その場、その瞬間においては十分に用いることでしょう。しかし、きっとその先は神さまに任せているのです。一見すると不安定なこの生き方が、しかし却って思い悩みながら不安の中を歩むよりも安定した日々をわたしたちに与えてくれるのです。

 人に迷惑をかけることが悪いことであるかのように思いがちなわたしたちですが、神さまは烏や花の面倒を見ることをきっと喜んでおられるのではないでしょうか.神さまの力が十分に働くところをわたしたちも自分の内に持つことができたらと思うのです。その信頼に満ちた関係の中に神の国があるのです。

 
 
 

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