2026.3.8説教要約 ヨハネ 15:1-11「まことのぶどうの木」 井上創牧師
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イエスさまは言いました。「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」。農夫である神さまはこのぶどうの枝の手入れをなさいます。実りの多い房を残して、痩せた房を切り取り、場合によっては枝ごと取り除きもします。しかし、枝は自分でどの房を大きくしようかと迷う必要はありません。どれを育てて、どれを切り取るかという判断は農夫の仕事です。わたしたちがすることは、ただ木につながっていることだけです。あとは自然と実りを得ることができるはずです。
ここでは、「イエスさまにつながる」ということと「愛にとどまる」ということが同じこととして語られます。この世界は神さまの愛で満ちています。木の根が水を吸い上げて木の全体にまでそれを巡らせるように。葉が日光から栄養を得て、それによって木の全体を生かすように、わたしたちはイエスさまを通して、世界に満ちる神さまの愛を全身で受けて生きることができるのです。
わたしたちが実りを得たいと願うのであれば、それが自分を立派に飾り立てるための実りであってはなりません。「互いに愛し合う」という神さまの言葉がわたしたちの内に響き渡り、それが願いとなり、望みとなり、祈りとなるとき、神さまはそれをかなえてくださるのです。だからわたしたちは、愛にとどまりながら「イエス・キリストの名を通して」祈るようにと勧められているのです。
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