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2025.11.30説教要約 ルカ 1:26-3「お言葉どおり、この身に成りますように」

2025年12月18日
読了時間: 2分

 聖母と呼ばれるマリアは、特別な信仰や力を持っていたのでしょうか。聖書ではまず、何でもない「おとめ」としてマリアを紹介しています。これは、マリアがわたしたちと同じ一人の信仰者であり、そのモデルとなっているということなのでしょう。

天使ガブリエルはマリアに「主があなたと共におられる」と語りかけます。マリアは戸惑い、考え込みます。天使は続けて、神が生まれてくるイエスにダビデの王座をくださると告げます。マリアは「わたしは男の人を知りません」と自分の身の上についての懸念を明かします。

 ここまでで、天使は神さまの御心を語り、マリアは自分自身のことに気持ちを向けていることがわかってきます。わたしたちも、例え今この時に神さまの御業が自分に臨むとしても、素直に天に目を向けることの難しい者なのではないでしょうか。

天使は三度目には、マリアの身近にあるできごとについて触れます。エリサベトの懐妊は人の思いを超えた業でしたが、そのことはマリアの現実の生活にも近いところで起こっていることでした。そのため、マリアは「神にはできないことは何ひとつない」という天使の言葉に対して、ついに「お言葉どおり、この身になりますように」と答えることができたのでしょう。

 クリスマスは、天を見ようとしないわたしたちが信仰の告白を為せるようにと、神さまがわたしたちが目を向けることのできる地上へと降りてきてくださった出来事なのです。

 
 
 

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