top of page

2024.8.25説教要約 ローマ 13:1-7「秩序を与える神」

2024年9月11日
読了時間: 2分

実はわたしたちの社会は権威に従うことによって健全に成り立っているのではないでしょうか。警察や裁判所などによって、ルールや法律が権威の下に確かな力を持っているからこそ、この世界の秩序が保たれ、わたしたちの心は容易に誘惑に負けないように守られているのではないでしょうか。

 大事なのは、この権威と力が暴走しないように気をつけることです。先の大戦において、日本基督教団もナチス政権下のドイツの教会も、国家権力に従い、侵略戦争を肯定しました。そうならないために、わたしたちキリスト者には預言者としての権能が授けられていることを忘れてはならないでしょう。

預言者であるキリストはその権能を、御自身を信じる人たちに与えてくださいます。預言者は神さまの言葉を聞き分け、その御心に基づいて世の有り様を正す役割を持っています。預言者たちは命をかけて時の権力者と対峙してきました。その「見張りの役目」がわたしたちも任されているのです。

 それでは、今ある権威が神さまの御心に適ったものであるかどうかをどのように見分けていけばいいのでしょうか。5節に出てくる「良心」という言葉は、神さまが造ってくださったままの、わたしたちの最も深いところにある、自分自身でさえも気づくことの難しい原初の心のことです。聖霊の助けを借りて、静かな祈りの中でこの良心に聴き、わたしたちが従うべき、神さまが与えてくだる真の権威を捜し求めていきましょう。

 

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.7.26説教要約 ヨハネ 1:10-14「幕屋を張られた」         井上創牧師

「わたしたちの間に宿られた」と書かれている言葉は、「わたしたちの間に幕屋を張られた」とも訳せます。旧約聖書に度々描かれる「幕屋」とは、十戒の石版が入った箱を収めておくテントのような建物で、祭司が祈りを捧げるための場所です。それでは、幕屋ではどのような祈りが捧げられるのでしょうか。そこでは、犠牲の献げものが捧げられ、罪の赦しを願うとりなしの祈りが捧げられます。  イエス・キリストは、わたしたちの罪が

 
 
 
2026.7.19説教要約 ルカ 20:9-19 「ぶどう園の農夫」         井上創牧師

律法学者たちも祭司長たちも、自分たちは民衆の味方であり、神さまのために働いているのだという思いがあったことでしょう。だから、イエスさまのたとえ話を聞いたときには「わたしたちは農園の主人の僕としてたとえられている」と思ったのではないでしょうか。また、民衆はたとえ話の結末に気を取られ、ぶどう園の収益と権利が他者に奪われることに対して「そんなことがあってはなりません」と言っているのではないでしょうか。

 
 
 
2026.7.12説教要約 ヨハネ 4:46-54「帰りなさい」           井上創牧師

イエスさまのなさる奇跡のわざはどれも素晴らしいもので、感動を覚えます。しかし、わたしたちはこころの奥底では「それならば、なぜわたしの祈りは聞かれないのか」「今こそ奇跡が必要なのに」と思ってはいないでしょうか。そういうわたしたちの思いを知って、イエスさまは「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と、わたしたちの深い罪を憐れんでくださいます。  そして、息子のために家に来てほし

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page