top of page

2024.7.14説教要約 マルコ 5:21-43「信じたいきもち」

  • fujimikougenchurch
  • 2024年9月11日
  • 読了時間: 2分

長い間病気だった女の人は、なぜ誰にも気づかれないようにイエスさまに近づいたのでしょうか。それは、当時はこのような病にかかっている人は「汚れている」と考えられていたからです。他の人たちがこの女の人をみつけたら、大騒ぎになってしまうことでしょう。しかし、それだけではないのでしょう。もし、イエスさまがどんな病気も治してくださる力をお持ちの方だと信じているのならば、堂々と人々の前に姿を現し、癒してもらえばよかったのです。隠れて近づいたということは、きっと心のどこかでイエスさまを信じ切れない思いがあったのではないでしょうか。信じ切れないけれど、信じたい。そんな気持ちでこの女の人は手を伸ばしたのでしょう。イエスさまはそういう「信仰」にも目を留めてくださり、「その信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われます。

 ヤイロも同じでしょう。彼は、イエスさまが娘の病を癒すことはできると信じていたとしても、命を甦らせることができるとまでは信じていなかったのでしょう。わたしたちはつい、神さまの力の働きに「ここまで」という限界を定めてしまいます。ヤイロもまた、人間の思いを超えて働く神さまの力を信じ切るほどの信仰は持てなかったのです。それでも、イエスさまはヤイロも家まで赴き、娘を生き返らせてくださいました。

立派な信仰でなくてもいいのです。イエスさまはわたしたちの「信じたい」という気持ちを大切にしてくださるのです。

 

 
 
 

最新記事

すべて表示
2025.1.12説教要約 ルカ 17:11-19 「いやされた人」 

重い皮膚病を患っている十人に、イエスさまは「祭司たちのところへ行って、体を見せなさい」と言います。当時は、このような病気にかかって治ったとしても、祭司たちがそれを確認し許可しなければコミュニティーに帰ることはできない決まりになっていました。十人は、自分の体が治るのを待たずに...

 
 
 
2025.1.5説教要約 ヨハネ 16:16-24 「イエスを見る」

イエスさまは弟子たちに「しばらくするとあなた方はわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」と言いました。これは、イエスさまの復活について言っているのでしょうか。それとも、再臨についてでしょうか。...

 
 
 
2024.12.29説教要約 ルカ 2:28-35「新しく始まる命」

人によっては、地上で生きる日々は苦しみと虚しさに満ち、いっそ死んだ方がましだとさえ思えるときもあるかもしれません。シメオンは幼いイエスさまと出会い「今こそ安らかに世を去ることができる」と喜びました。シメオンは年を重ねて生きなければならないことに疲れを感じていたから、去ること...

 
 
 

Comments


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page