top of page

2024.5.26説教要約 ローマ 9:6-33「選ばれた民のつまずき」

  • fujimikougenchurch
  • 2024年9月11日
  • 読了時間: 2分

パウロの興味は、神さまの救いが異邦人に移った今、それではイスラエルはどのようになるのかということでした。神さまは最初からイスラエルの民を選び取り、アブラハムと契約を結んだのではなかったか。それを今になって反故にされるのか。そうではないのだとパウロは説明を始めます。

パウロはまず、アブラハムの子孫とは血による者たちではなく、神さまの自由な選びによって定められた者たちを指すことを、サラやリベカの出産エピソードを通して明らかにします。そして、彼は自ら反論として「では、神の定めたことに逆らい得るか」、つまり「背くようにと定められたイスラエルの罪を問うことができるだろうか」と問いを立てるのです。しかし、神さまが御自分の民を背く者たちとして定めたことにも理由がありました。

それは、この民を憐れみの器とするためでした。背きの罪を問われ怒りの器として滅ぼすこともできましたが、その罪をなかったこととして赦し、器を憐れみで満たしてくださいました。これを通して、遠く地の果てまで全ての人が神さまの愛を知るためでした。そして、神さまはこのような憐れみの器として、イスラエルだけではなく異邦人をも召し出されました。

わたしたちも罪を犯します。できれば潔白に生きたいと願いますが、なおも罪の中に置かれているのは、この器に満たされた憐れみを通して神さまの栄光が輝くためなのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.1.4説教要約 ルカ 2:22-40「待ち望んだときが来た」      井上創牧師

クリスマスの出来事とは、わたしたちが当たり前と思っている世界に、神さまの思いが斜めに切り込んでくる出来事です。年を重ねて子を産むことができないと言われていたエリサベトの懐妊に始まり、無名の少女であったマリアに救い主の母となることが告げられます。イスラエルの王となる赤ん坊が家畜小屋に生まれ、そこには貧しい羊飼いたちが招かれます。  そのクリスマスの物語が続いています。二人の老人が救いのしるしを目にし

 
 
 
2025.12.28説教要約 マタイ 2:13-23「御心が地でも行われますように」  井上創牧師

現在の研究では、預言書が書かれたのは、預言に記されている出来事よりも後の時代だと考えられています。つまり、預言者たちは過去に起こった出来事を、自分たちなりの神学的解釈を加えて、未来を予見しているかのようにして描いたのです。これは、今を生きる人々に、「より深く神さまのみ声に聞き従うものとなるように」との教訓を残すためでもありました。  預言者たちが伝えようとしている大きなテーマは二つ。一つは、神さま

 
 
 
2025.12.21説教要約 マタイ 2:1-12「いちばん小さいもの」  井上創牧師

東方で星を見た占星術の学者たちは、ユダヤ人の王として救い主が生まれることを知りました。彼らはエルサレムへと向い、そこでヘロデ王に会いました。王が生まれるなら、王宮においてであろうと考えたらからでしょう。しかし、そこに新しい王はいませんでした。神さまの目は、このきらびやかな王宮や、立派な王座を見てはいなかったのです。  ヘロデ王は祭司長たちや律法学者たちに命じて、預言者の残した言葉を調べさせ、救い主

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page