top of page

2024.5.12説教要約 ルカ 15:11-32 「よろこぶ人とともによろこぶ」

  • 2024年9月11日
  • 読了時間: 2分

 徴税人や罪人たちは、みんなから嫌われ、仲間はずれにされていた人たちでした。イエスさまはそのような人たちとも一緒に食事をしました。これを見て、ファリサイ派の人々や律法学者たちは不平を言います。そこでイエスさまは三つのたとえ話をなさいました。三つの話に共通しているのは、無くしていたものがみつかった喜び。そして、それを友だちにも一緒に喜んで欲しいという願いでした。

今日のお話は、三つ目のたとえ話です。いなくなっていた息子の一人が戻ってきたことをお父さんは心から喜びました。失われた家族がまた一つにされることの喜びは、わたしたちにもよくわかるのではないでしょうか。また、たとえ離れてしまっても、待ち続けて、みつけたら大急ぎで駆け寄ってきてくれる父が注いでくれる愛も、わたしたちには大きな喜びとして感じられることでしょう。徴税人や罪人たちも、イエスさまにみつけてもらって嬉しかったに違いありません。

一方で、その喜びの光景を一緒に喜べない人もいました。それが、このたとえ話のお兄さんであり、ファリサイ派の人々、律法学者たちです。イエスさまは、そのような人たちをも否定せず、招き寄せ、「お前といつも一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ」と全てを分け与えようとしてくださるのです。この父の愛に触れて、わたしたちも悲しむ者と共に悲しみ、喜ぶ者と共に喜ぶようになれたらと願います。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.3.1説教要約 ルカ 19:1-10  「救いがこの家を訪れた」      井上創牧師

ザアカイは木に登ってまでもイエスさまを見たいと願いました。一つ前の物語、目の見えない人が周囲の制止を振り切ってイエスさまを求めて叫び続けた心情と重なるように思えます。ザアカイもまた自分の在り方に揺らぎを覚え、心の奥底では助けを求めていたのではないでしょうか。  ザアカイはイエスさまから「あなたの家に泊まりたい」と言われたときに喜びます。地位の高い人や高名な人が集落を訪れたとき、その人を泊めるのはそ

 
 
 
2026.2.15説教要約 ヨハネ 11:17-27「このことを信じるか」       井上創牧師

亡くなったラザロの姉妹であるマルタは、「死者が終わりの日に復活する」という教えを知っていました。「イエスさまが神さまに願うことは、かなえられる」ことも知っていました。おそらく、マリアも知っていたでしょう。しかし、実際に兄弟の死を前にしたとき、彼女たちの心は悲しみに支配されていました。そこでイエスさまはマルタに問うのです。「信じるか」と。  わたしたちは証拠を見せられたり、証明してもらえれば、安心し

 
 
 
2026.2.8説教要約 ネヘミヤ 2:11-20「神さまのご計画」         井上創牧師

ネヘミヤは故郷であるエルサレムの町が荒廃していることを聞いて悲しみました。かつて大国によって攻め滅ぼされたときのまま、城壁も門も壊れた状態で放置されているというのです。  ネヘミヤは仕えていた王から帰国の許可をもらい、更には復興のための支援を受けて、故郷へ向いました。彼はしかし、用心深く一人で町に入り、修復が必要な箇所の視察も夜の内に行いました。復興を良く思わない人たちが町の内外にいたからです。

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page