top of page

2024.4.21説教要約 ローマ 8:1-17「神さまを父と呼ぶ霊」 

  • fujimikougenchurch
  • 2024年9月11日
  • 読了時間: 2分

パウロは霊に従って生きる者はみな「神の子」だと言います。子とは、親の財産を相続する者。そして神さまがくださる財産とは、「神の義」であることが3章22節からわかります。

神さまは、御子キリストの十字架の血による贖いをもって、わたしたちの罪を見逃してくださいました。誰よりも正しく裁くことのできるお方が、それをしなかった。それほどまでにあなたを大切に思っている。これが愛です。正しく裁くことより愛を選ぶ。これが神さまの示した「義しさ」なのです。

 これによって命を得たわたしたちは、「死ぬはずの体が生かされる」ようになったとパウロは言います。これは、わたしたちが不死身や不老不死になったということではありません。また、単に死後の復活のことを言っているだけでもないでしょう。霊に従って歩むことで、わたしたちの肉体が死によって朽ちて滅びるという「結果」は変わりません。しかし、今日という日を生きる「目的」が変わるのです。

 霊の思いを知るためには、イエスさまの思いを知る必要があります。イエスさまがどのように生きられたか、また死なれたか。そこから神さまの愛がわかり、霊の思いを知ることができます。そして、その思いを心の深いところに受け止めることで、わたしたちは死を目的地として歩むのではなくて、この肉体を御心のまま、どのように用いていただけるかを楽しみに、今日という一日を喜びの内に生きていくことができるのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.1.4説教要約 ルカ 2:22-40「待ち望んだときが来た」      井上創牧師

クリスマスの出来事とは、わたしたちが当たり前と思っている世界に、神さまの思いが斜めに切り込んでくる出来事です。年を重ねて子を産むことができないと言われていたエリサベトの懐妊に始まり、無名の少女であったマリアに救い主の母となることが告げられます。イスラエルの王となる赤ん坊が家畜小屋に生まれ、そこには貧しい羊飼いたちが招かれます。  そのクリスマスの物語が続いています。二人の老人が救いのしるしを目にし

 
 
 
2025.12.28説教要約 マタイ 2:13-23「御心が地でも行われますように」  井上創牧師

現在の研究では、預言書が書かれたのは、預言に記されている出来事よりも後の時代だと考えられています。つまり、預言者たちは過去に起こった出来事を、自分たちなりの神学的解釈を加えて、未来を予見しているかのようにして描いたのです。これは、今を生きる人々に、「より深く神さまのみ声に聞き従うものとなるように」との教訓を残すためでもありました。  預言者たちが伝えようとしている大きなテーマは二つ。一つは、神さま

 
 
 
2025.12.21説教要約 マタイ 2:1-12「いちばん小さいもの」  井上創牧師

東方で星を見た占星術の学者たちは、ユダヤ人の王として救い主が生まれることを知りました。彼らはエルサレムへと向い、そこでヘロデ王に会いました。王が生まれるなら、王宮においてであろうと考えたらからでしょう。しかし、そこに新しい王はいませんでした。神さまの目は、このきらびやかな王宮や、立派な王座を見てはいなかったのです。  ヘロデ王は祭司長たちや律法学者たちに命じて、預言者の残した言葉を調べさせ、救い主

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page