top of page

2023.7.30説教要約 マタイ26:47-56「友よ」

  • fujimikougenchurch
  • 2023年8月26日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ26:47-56           2023.8.6

「友よ」              井上創牧師


伝道とは、「神から愛されていると信じているわたしがどう生きるか」という道を伝えることです。イエスさまは最後の伝道の相手として、自分の理解が及ばない熱狂への違和感からそれを排除しようとする「群衆」、商売敵であり教義的にも敵対している「祭司長たち」、そして一度信じたものに疑いを抱いてしまった「ユダ」を選びました。現代の教会もまた、こういった人たちを相手に伝道をしていこうとするときに、「どう生きるか」という自分たちの在り方が問われてくるのでしょう。


イエスさまは自分を捕縛し害そうとするユダを「友」と呼びました。ヨハネによる福音書15章13節に「人がその友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない」と書かれています。敢えてユダを「友」と呼んだのは、「あなたのために死のう」というイエスさまの意思表示だったのではないでしょうか。また、ヨハネの同じ箇所でイエスさまは「わたしの命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友である」とも言いました。ユダへの「友よ」という呼びかけは「あなたもこのように愛に生きて欲しい」という願いでもあるのではないでしょうか。


わたしたちは伝道をする際に、どれだけの人に届いたか、どれだけの人が応えてくれたかということを成果として求めがちです。しかし、伝道の成果とは、道を伝えようとするわたしたち自身がどれだけ「友」のために生きたかと、自分自身の信仰の姿勢を問うことで見えてくるものなのではないでしょうか。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2025.1.12説教要約 ルカ 17:11-19 「いやされた人」 

重い皮膚病を患っている十人に、イエスさまは「祭司たちのところへ行って、体を見せなさい」と言います。当時は、このような病気にかかって治ったとしても、祭司たちがそれを確認し許可しなければコミュニティーに帰ることはできない決まりになっていました。十人は、自分の体が治るのを待たずに...

 
 
 
2025.1.5説教要約 ヨハネ 16:16-24 「イエスを見る」

イエスさまは弟子たちに「しばらくするとあなた方はわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」と言いました。これは、イエスさまの復活について言っているのでしょうか。それとも、再臨についてでしょうか。...

 
 
 
2024.12.29説教要約 ルカ 2:28-35「新しく始まる命」

人によっては、地上で生きる日々は苦しみと虚しさに満ち、いっそ死んだ方がましだとさえ思えるときもあるかもしれません。シメオンは幼いイエスさまと出会い「今こそ安らかに世を去ることができる」と喜びました。シメオンは年を重ねて生きなければならないことに疲れを感じていたから、去ること...

 
 
 

Commenti


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page