top of page

2023.4.30説教要約 マタイ24:36-44「思いがけない時」

  • 2023年5月12日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ24:36-44            2023.4.30

「思いがけない時」         井上創牧師


定められている終わりの時がいつ来るのか。その思いがけない時を神さまだけがご存知です。そのことは、旧約聖書のノアの物語からもわかります。また、そのときになぜある人は連れて行かれ、ある人は残されるのか。その理由もわたしたちにはわかりません。このことは、旧約聖書のカインとアベルの物語からもわかります。自分が終わりの時に連れて行かれるのか残されるのか。それもわからないのに、一体わたしたちはどのように目を覚まし、何に備えていたらいいのでしょうか。


わたしたちが「死に備える」とは、遺産の分配について決めておくことや、葬儀の心配をすることだけでは、おそらくないでしょう。例えば「引っ越し」をする際には、今まで住んでいた場所の片付けや身辺整理と同時に、新居における新しい生活に必要なものを買い揃えたり、近所の人に挨拶をしたりもすることでしょう。


やがてわたしたちは古い肉体を脱ぎ捨てて、天の国へと旅経つことになります。だから、わたしたちは(まるで引っ越しのときのように)死の向こう側の世界に思いを馳せて、そこに迎え入れてくださる方に感謝をしながら、その日を楽しみに待つことができたらと思うのです。


イエスさまもまた「その日、その時」を知らずに、「待ち望む者」として、わたしたちと同じようにこの地上の日々を歩んでくださるのです。恐れずに、備えを進めていきましょう。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.5.17説教要約 エフェソ 2:14-22「わたしたちは主の住まい」     井上創牧師

パウロはエフェソ教会の中に起こった対立・分裂の危機に対して、和解を勧めるためにこの手紙を書いたのでしょう。それでは、どのようにして異なる思いを抱く者たちが一つになることができるのでしょうか。  パウロの語っていることをよく聴いてみると、まず二つのものが一つになってから、「敵意を滅ぼす」「律法を廃棄する」「平和を実現する」という順番になっていることがわかります。敵意が消え、対立の原因になっている律法

 
 
 
2026.5.10説教要約 ヨハネ 20:24-31「わたしの神よ」          井上創牧師

イエスさまが復活して弟子たちのところに来たとき、トマスだけがその場にいませんでした。後になって、復活したイエスさまに会ったと仲間たちに聞かされたトマスは、「わたしは決して信じない」と口にします。しかも、「この指を釘跡に入れ、この手をそのわき腹に入れてみなければ」と。  これは本気で言っていたわけではないでしょう。実際にそういうことがしたかったのではなくて、自分のいないときに来たイエスさまに腹を立て

 
 
 
2026.5.3説教要約 マタイ 11:25-30「幼子を待つ」           井上創牧師

イエスさまは神の国の秘密について、神さまはそれを「幼子のような者にお示しになりました」と語ります。知恵ある者、賢い者が自分の力で難局を乗り切ろうとするのに対して、この「幼子のような者」とは、親を信頼する子どものように、神さまを信頼して委ねる者を意味しているのではないでしょうか。そのような者たちにはこの世界で起こるさまざまな事柄の中に神さまの御業を見出すことができるのでしょう。  この世界には自力を

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page