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2023.4.2説教要約 イザヤ53:1-12「この人を見よ」

  • 2023年4月18日
  • 読了時間: 2分

説教要約 イザヤ53:1-12             2023.4.2

「この人を見よ」          井上創牧師


イザヤが描いた「苦難のしもべ」のモデルとなったのは誰でしょうか。民の罪のために約束の地に入ることができなかったモーセでしょうか。異教の神を拝む王や民によって荒れ野に追われたエリヤでしょうか。捕囚の憂き目に遭ったユダ王国最後の王ゼデキヤでしょうか。


イザヤ書が書かれたであろう時代、人々は救い主を求めていました。それは、支配の抑圧による鬱憤を吹き飛ばしてくれる力ある王ではありませんでした。抱えきれぬ重荷を共に担ってくれる誰か、自分たちには確かな価値があるのだと命をかけて証明してくれる誰か、神さまから離れてしまった罪をぬぐってくれる誰か。こうした人々の求めをイザヤは「苦難のしもべ」として描き、神さまはそれに目を留め、応えてくださいました。


十字架を目撃した人たちは、この「しもべ」の姿が今まさに目の前で苦しむイエス・キリストと重なることに気が付き、この方こそメシアであるとわかったのでしょう。そうして、4つの福音書が編まれていきます。


神さまから離れて罪の手に囚われていたわたしたちは、やがて死によってすべてが奪い取られることになっていました。しかし、イエスさまが復活によって死に打ち勝ち、新しい命への道を拓いてくださいました。この勝利の戦利品としてわたしたちは死から命へと受け渡されたのです。執り成され、罪赦された者として、喜びの内に歩み出していきましょう。

 
 
 

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