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2023.3.19説教要約 マタイ23:37-24:14「あらゆる民への証」

  • 2023年4月18日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ23:37-24:14         2023.3.19

「あらゆる民への証」        井上創牧師


イエス・キリストはわたしたちに先だって復活の初穂となってくださいました。それはまた、十字架へと至る受難を通して、わたしたちが味わう苦難をも先だって体験してくださったということでもあるのです。


そして、この苦しみは「産みの苦しみの始まり」だと言われています。「産み出す」ことには確かに苦しみを伴いますが、達成することは喜びでもあります。つまり、この苦しみは、わたしたちが目標に向かい進んでいく上で、望んで引き受けていく苦しみということになるのでしょう。


わたしたちは生きていく中で、さまざまな苦しみを被ることになります。それらは望むと望まざるとに関わらずわたしたちを襲います。いわば、それらは受動的・消極的な苦しみです。しかし、キリスト者の苦しみはそうではありません。世にあって痛み、苦しむ人たちに寄り添い、何とか状況を改善していきたいと願って動くことで被る能動的・積極的な苦しみです。わたしたちは望まない苦しみには耐えきれないとしても、望んで受ける苦しみは、やがて来る完成の時を信じることで耐え忍ぶことができるのではないでしょうか。


24章14節の「終わりが来る」という宣言は、わたしたちの苦しみが終わるときが来る。祈りが聞き届けられるときが来るという希望の約束なのです。この希望を失わずに進んでいくことが、わたしたちが世に表すことのできる証なのでしょう。

 
 
 

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