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2023.2.5説教要約 マタイ21:23-32「道を示す者たち」

  • 2023年2月27日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ21:23-32           2023.2.5

「道を示す者たち」         井上創牧師


イエスさまはエルサレムに入場すると、宮清めで神殿における献げもののシステムを否定し、境内において病気の人々を癒し、御国の福音を宣べ伝えていました。これを見とがめたのは、民衆の指導的立場にある祭司長や長老たちでした。「何の権威で」とは、誰の許可を得てそのようなことをしているのかという意味でしょう。


イエスさまは洗礼者ヨハネを引き合いに出して、御自分のなさっていることが天からの権威によるものであると暗に告げます。更に、28節以下のたとえ話によって、ヨハネの声に耳を傾けようとしなかった祭司長や長老たちへの裁きを語るのです。


ところで、32節で「ヨハネが来て義の道を示した」と言われていますが、聖書における「義」とは神さまの性質を表す言葉です。ローマの信徒への手紙3章によれば、この義は神さまが人の罪を裁かずに赦すことによって示されました。正しさを振りかざすのではなく、身を低くして相手に譲る「愛」が、神さまの「義」なのでしょう。


イエスさまは神の子であり、何の罪もない身でありながら洗礼を受けました。それは、人であるヨハネを前にして跪き、頭を垂れる姿を通して義の道を示すためです。弟子たちの足を洗われたイエスさまはわたしたちの前でも己を小さくして十字架に向かわれます。この主イエスに倣ってわたしたちも謙ることを通して、義の道を示す者になれたらと願うのです。

 
 
 

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