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2023.2.26説教要約 マタイ22:15-33「キリスト者の受難」

  • 2023年3月22日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ22:15-33           2023.2.26

「キリスト者の受難」        井上創牧師


この時代のユダヤ教にはサドカイ派とファリサイ派という二つの大きな派閥がありました。今日の二つの物語も、イエスさまを罠にはめるための質問という形を取っていますが、その背景には派閥の対立があるようにも受け取れます。


ファリサイ派は民衆の側に立ち、徴税を行う権力と結びつく富裕層の支持を得ているサドカイ派のことを批判していました。もしイエスさまが徴税を肯定すれば、ローマの政策に対する批判ともなるし、サドカイ派に属するとみなされるのです。


一方、サドカイ派は「復活」の思想を受け入れていませんでした。家名存続のための律法と復活の教義が矛盾することを指摘しながら、イエスさまが復活を認めるファリサイ派の立場を取るかどうかを見極めようとしているのです。


このように、神さまの教えについて考える振りをしながら、それを人間的な派閥争いの道具としようとする愚かな行いがキリスト教の歴史の中でも繰り返されてきました。


イエスさまは、神さまの似姿として刻まれている人間が本来帰るべきところを指し示し、御許に迎え入れてくださる神さまの愛を教えています。また、「アブラハム、イサク、ヤコブの神」という言葉を通して、神さまがこの地上を生きる人一人一人を愛しておられること、その愛が死によって途切れるものではないことを教えています。人間の対立の問題は、イエスさまによって「神さまの愛」という答えへと導かれていくのです。

 
 
 

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