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2023.2.19説教要約 マタイ22:1-14「招かれる人、選ばれる人」

  • 2023年3月22日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ22:1-14           2023.2.19

「招かれる人、選ばれる人」     井上創牧師


これまでのたとえ話では、実をつけない木、畑に行かない息子、収穫をよこさない農夫たちといった、「なすべきことをなしていない者たち」が描かれてきました。しかし、今日のたとえ話では、わたしたちの側から差し出すべきものは何もありません。一方的に神さま(王)がわたしたちを宴に招き、ご馳走をしようとしてくださっているのです。


この宴は、「わたしたちを功のないままに、ただ恵みによって救ってくださる」という、キリストの約束が宣言される礼拝を表しているのでしょう。この宴に参列した者たちの中には善人も悪人もいました。どちらも、最初から婚宴に来るつもりはなく、それぞれの目的をもち、道を歩いていたという点では同じです。神さまを省みないことが罪であるなら、善人も悪人も同じ罪人です。神さまはこのような罪人をこそ招かれるのです。


わたしたちはみな一方的に婚宴に招かれるのですから、礼服など用意していないのです。招いた王から促されるままに、準備されていた礼服を着ることになります。パウロはこれを「キリストをまとう」と言い、ルターは「義の衣をまとう」と言いました。


もしも自分の力で、その装いで何とかしようとするとき、わたしたちはこの世界で手足を縛られているかのようなままならなさを感じ、行く先もわからず闇の中に放り込まれたような感覚を持つことでしょう。ですから、わたしたちは、ただ招きに従い、身を委ね、義の衣を着せていただきましょう。

 
 
 

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