「ヘブライ語には過去形がない」
池澤夏樹著 『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』
(井上抜粋)
池澤 たしか、古典ヘブライ語には過去形がないんでしたね。
秋吉 時制によって、動詞が形を変化させるということがありません。たとえば、太古の天地創造の話、あるいはバビロン捕囚のような大昔の話、それと現在の話など、ギリシャ語やラテン語なら、時制に従って動詞の形を変化させて記述されるとことですが、ヘブライ語では動詞の形そのものは変化しない。それが過去の話なのか現在の話なのかは、状況語で判断するしかないのです。
過去形のないヘブライ語では、過去に交わされた会話もすべて直接話法で語るのですから、直線的な未来志向にはならない。もっと言えば、天地創造というのも過去のことではなく、いまだ終わっていないんです。
池澤 イスラエルとパレスチナがああいう形で争いを続けている。あの確執がなぜこれほど長く続くのか、どうも外からはなかなかわからない。あれは彼らがどちら側も超時間的なものの考え方をしているのではないかと思うんです。
もういい加減にしたらと、ついモンスーン地帯の人間は言うことになってしまうけれど、敵との対決という形において自分は存在しているのだと双方が思っている以上、あれはしょうがないのかもしれない。モンスーンの地では時の流れを自然に任せている。しかし、砂漠には暦がない。だから、時に任せて忘れるということをしない。
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