top of page

2022.9.4説教要約 マタイ18:6-14「小さな者の一人」

  • 2022年9月27日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ18:6-14            2022.9.4

「小さな者の一人」         井上創牧師


もしかしたら、わたしたちは「つまずき」が外から来ると思い込んでしまっていないでしょうか。8節、9節を見ると、わたしたち自身がわたしたちをつまずかせる原因となっていることがわかります。7節の「世」とは、この地上世界のことであると同時に、雑多な人の群れを指します。わたしの中にも、雑然としたわたしの群れがあり、わたしをつまずかせるわたしがその中に潜んでいるのでしょう。


そういう様々なわたしの群れの中に、小さな者となったわたしがいます。この「小さな者」とは、大勢のわたしが「いらない、無駄だ、恥ずかしい、後ろめたい」と切り捨てて、隅に追いやってしまった「あの日のわたし」です。そして、そういう小さなわたしを神さまは迷子になった羊を探すように、呼び求めてみつけ、連れ帰り、その帰還を喜んでくださるのです。


光は闇を照らします。それは、暗い世相、絶望的な状況の中で見えるかすかな希望の光です。神さまがどんなときにもわたしたちを見捨てないという約束の光です。と同時に、光はわたしたちが隠しておきたかったもの、見たくないと思って隅の暗闇に捨て去ったものも、照らしだし、明らかにします。


イエスさまがわたしたちの深いところに降り、罪の闇の中から迷子になっていた一匹の羊を見つけ出し、それを受け止め、愛してくださる。わたしたちが勇気を出して、その探し出されたわたしと向かい合うとき、天の国は喜びで満たされるのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.3.1説教要約 ルカ 19:1-10  「救いがこの家を訪れた」      井上創牧師

ザアカイは木に登ってまでもイエスさまを見たいと願いました。一つ前の物語、目の見えない人が周囲の制止を振り切ってイエスさまを求めて叫び続けた心情と重なるように思えます。ザアカイもまた自分の在り方に揺らぎを覚え、心の奥底では助けを求めていたのではないでしょうか。  ザアカイはイエスさまから「あなたの家に泊まりたい」と言われたときに喜びます。地位の高い人や高名な人が集落を訪れたとき、その人を泊めるのはそ

 
 
 
2026.2.15説教要約 ヨハネ 11:17-27「このことを信じるか」       井上創牧師

亡くなったラザロの姉妹であるマルタは、「死者が終わりの日に復活する」という教えを知っていました。「イエスさまが神さまに願うことは、かなえられる」ことも知っていました。おそらく、マリアも知っていたでしょう。しかし、実際に兄弟の死を前にしたとき、彼女たちの心は悲しみに支配されていました。そこでイエスさまはマルタに問うのです。「信じるか」と。  わたしたちは証拠を見せられたり、証明してもらえれば、安心し

 
 
 
2026.2.8説教要約 ネヘミヤ 2:11-20「神さまのご計画」         井上創牧師

ネヘミヤは故郷であるエルサレムの町が荒廃していることを聞いて悲しみました。かつて大国によって攻め滅ぼされたときのまま、城壁も門も壊れた状態で放置されているというのです。  ネヘミヤは仕えていた王から帰国の許可をもらい、更には復興のための支援を受けて、故郷へ向いました。彼はしかし、用心深く一人で町に入り、修復が必要な箇所の視察も夜の内に行いました。復興を良く思わない人たちが町の内外にいたからです。

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page