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2022.8.14説教要約 マタイ17:14-23「信仰があれば」

  • 2022年9月6日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ17:14-23           2022.8.14

「信仰があれば」          井上創牧師


マルコが父親の信仰に注目しているのに対して、マタイは弟子たちの信仰に注目しています。弟子たちに関わる聖書の物語は、そのまま後の教会の中で起こった出来事として考えることができるでしょう。弟子たちが子供を癒やせなかったように、教会の中でも何かうまくいかないことが度々起こっています。


何かがうまくいかないとき、わたしたちはそこに「悪霊」の働きが関与していることに気がつけたらと思うのです。本来、神と人、人と人とをつないでいる霊の働きがおかしくなっている。互いの関係を断つような力が動いている。聖書はこれを「悪霊」の働きと呼びます。弟子たちが子供を癒そうとしたように、この壊されてしまった関係に立ち入ろうとするなら、わたしたちは互いの成果を求めて裁き合うのではなく。まず自分の霊が真っ直ぐに神さまに向かっているかを確かめてみましょう。


わたしたちはつい自分の都合に合うものや状況、人にばかり目を向けてしまいがちです。しかし、神さまの御心は人にはなかなかわかりません。自分の都合にばかり心を奪われていると、神さまの御心から遠ざかってしまうことにもなりかねません。


だから教会は、隣人のためを思い動いていてもうまくいかないときには、まず自分たちの霊が真っ直ぐであるかどうか。御心に委ねていく信仰があるかどうかを問うことから始められたらと思うのです。そうすれば「あなたがたにできないことは何もない」というイエスさまの約束は果たされることでしょう。

 
 
 

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