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2022.3.13説教要約 ローマ8:18-25「目に見えないもの」

説教要約 ローマ8:18-25            2022.3.13

「目に見えないもの」        井上創牧師


わたしたちが「被造物」であるということは、自分で望んで世界に生まれてきたわけではないということです。「造った方」がおられて、その望む時代に、望む場所にわたしたちは生まれてきたのです。なぜ、今ここに生きているのか。わたしたちはその真意を知ることができないので苦しみます。造物主である神さまの大きな計画の中で、命が与えられている意味を見出すという「産みの苦しみ」をわたしたち被造物はみな味わうのです。


「滅びへの隷属」は、「罪への隷属」と言い換えることができるでしょう。罪とは神さまを忘れて生きることであり、神さまの思いから離れていくことです。わたしをこの世界に置いてくださった方の思いから離れ、自分の思いだけで日々を積み重ねていったとしても、それは死によって滅ぼされ、虚しいものとされてしまうのではないでしょうか。そして、隷属からの解放とは、自分が被造物(命を与えられた者)として生きる意味が明かされるということなのでしょう。


わたしたちの希望とは、未だ定かならぬ、目に見えない「今日一日を生きていること」の意味を見出すこと。それによって、このただ滅びるばかりだった体が贖われること。つまり、神さまのご計画の内に自分が用いられていると気付くことなのです。


イエス・キリストこそは望みが絶たれたように思える十字架の上で、御自分の命の意味を見出しておられた方です。その先にある復活の希望をわたしたちも臨み見たいと願うのです。

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