top of page

2021.4.18 説教要約 マタイ9:14-17「心から悔いる」

  • 2021年4月30日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ9:14-17 2021.4.18

「心から悔いる」      井上創牧師


ヨハネの弟子たちは、イエスさまに論戦を仕掛けたかったわけではないのでしょう。きっと、自分たちもわからなくなっていたのです。「断食」をする意味を。断食を通して、神さまが自分たちに何を求めて、どのように応えてくださるのかを。


イエスさまは応えて、「花婿のいる間には断食できない。花婿が奪われたときには断食をするようになる」というたとえ話をします。これはまず、イエスさまが十字架につくという予告です。しかし、それだけではないのでしょう。イエスさまは、断食が罪を悔いる悲しみの表現で、そこにどれだけ実感がこもっているかということが大切なのだと、ヨハネの弟子たちに伝えようとしているのでしょう。


結婚式の真っ最中に、悲しい気分になって断食することはできません。そして、大切な人を失ったときには、後悔や悲しみの故に食事さえできなくなってしまうことでしょう。このように、その時々の心の動きに、わたしたちはしっかりと向かい合っていくことで、新しい革袋のようなしなやかに伸び縮みする豊かな感性を神さまから与えていただけるのではないでしょうか。


「断食」に限ったことではないでしょう。律法を単なる決まり事と解釈してしまうことは、心の動きを鈍らせてしまいます。そのような固定観念や先入観に囚われず、自分の痛みや他者の痛みを新鮮なものとして受け取っていくことで、イエスさまの愛の心に近づいていけるのではないでしょうか。


 
 
 

最新記事

すべて表示
2026.5.17説教要約 エフェソ 2:14-22「わたしたちは主の住まい」     井上創牧師

パウロはエフェソ教会の中に起こった対立・分裂の危機に対して、和解を勧めるためにこの手紙を書いたのでしょう。それでは、どのようにして異なる思いを抱く者たちが一つになることができるのでしょうか。  パウロの語っていることをよく聴いてみると、まず二つのものが一つになってから、「敵意を滅ぼす」「律法を廃棄する」「平和を実現する」という順番になっていることがわかります。敵意が消え、対立の原因になっている律法

 
 
 
2026.5.10説教要約 ヨハネ 20:24-31「わたしの神よ」          井上創牧師

イエスさまが復活して弟子たちのところに来たとき、トマスだけがその場にいませんでした。後になって、復活したイエスさまに会ったと仲間たちに聞かされたトマスは、「わたしは決して信じない」と口にします。しかも、「この指を釘跡に入れ、この手をそのわき腹に入れてみなければ」と。  これは本気で言っていたわけではないでしょう。実際にそういうことがしたかったのではなくて、自分のいないときに来たイエスさまに腹を立て

 
 
 
2026.5.3説教要約 マタイ 11:25-30「幼子を待つ」           井上創牧師

イエスさまは神の国の秘密について、神さまはそれを「幼子のような者にお示しになりました」と語ります。知恵ある者、賢い者が自分の力で難局を乗り切ろうとするのに対して、この「幼子のような者」とは、親を信頼する子どものように、神さまを信頼して委ねる者を意味しているのではないでしょうか。そのような者たちにはこの世界で起こるさまざまな事柄の中に神さまの御業を見出すことができるのでしょう。  この世界には自力を

 
 
 

コメント


0266-62-2205 (FAX同)

日本、〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見3679

©2019 by 日本基督教団 富士見高原教会. Proudly created with Wix.com

bottom of page