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2021.3.28 説教要約 マタイ9:1-8「その人たちの信仰を見て」

  • 2021年4月17日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ9:1-8

「その人たちの信仰を見て」 井上創牧師


エルサレム入城から復活までの一週間を、礼拝の一連の流れに重ねた場合。わたしたちは、前奏と招きの言葉をもってイエスさまをわたしたちの内にお招きすることになるのでしょう。そして、礼拝のどこかでわたしたちはイエスさまを「十字架につけろ」と叫ぶことになるのです。


十字架とは、わたしたちの思いと神さまの思いのすれ違いが決定的になった出来事です。民族の覇権を取り戻す王としてのメシアの到来を期待していた民衆と、世界の全ての人の魂を救おうという神さまの思いがすれ違ってしまったのです。わたしたちも礼拝の中のどこかでこの隔たりを思い知らなければならないのではないでしょうか。


そして、復活とはこの隔たりのゆえに滅ぶべきわたしたちに命を与えるために、神さまが一方的に近づいてきてくださったということです。この隔たりを超えていくということが、神さまの示してくださった愛なのでしょう。礼拝の中でわたしたちは神さまの思いとの隔たりを感じ、また互いの間にある違いを感じることが必要です。そして、その違いのゆえにそれを超えていく愛が礼拝の内に生まれてくるのでしょう。


今日の聖書箇所、中風の人とその人を連れて来た人たちを見て、イエスさまは心を震わせました。一人の人の思いではなく、人と人との間にある違いとその広がりの内に生まれてくる信仰をイエスさまはご覧になったのではないでしょうか。


 
 
 

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