説教要約 マタイ8:14-17 2021.2.28
「しゅうとめの熱」 井上創牧師
一人の人間は「体」と「心」と「霊」からなると考えられます。それぞれはお互いに深く関わっていて、たとえば、体の一部が痛むと気持ちが沈むように、霊が欠けると体にも心にも支障が出てくるのです。悪い霊の働きは、人間の体や心にも影響を及ぼすのです。
本来の神さまから来る霊の働きは、わたしたちをつなぎ合わせてくれます。わたしたち人間は多くのつながりの中で自分の存在を保っています。その内の小さなつながりがこじれることで全てが失われてしまうこともあります。あるいは、どんな小さなつながりがわたしたちを救うかもわからないのです。
ペトロのしゅうとめも、職を投げ出して放蕩者と付き合う婿に対して失望していたかもしれません。この関係の破綻が原因で体の調子をも崩してしまっていたのかもしれないのです。イエスさまはこのしゅうとめの前に姿を現わし、「触れる」という関わりを通して彼女に安心を与えてくださったのでしょう。
また、イエスさまは悪霊に取りつかれた人たちを言葉で癒したとあります。それは何か役に立つアドバイスのようなものを上から目線で与えるということではなかったことでしょう。「煩いを負い、病を担う」と預言にあるように、相手の思いが言葉として現われてくるように導いていく。そして、その苦難を共に負うような共感をもって相手に触れる。イエスさまが行ったのはそんな癒しだったのではないでしょうか。
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