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2021.2.14 説教要約 マタイ7:21-29「御言葉に生きる人」

  • 2021年2月27日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ7:21-29 2021.2.14

「御言葉に生きる人」         井上創牧師


イエスさまは「権威のある者」として語られました。これはイエスさまを通して神さまが直接わたしたち一人一人に、「あなたはどうするのか」と問いかけておられるのでしょう。わたしたちの心根をどこに置くのか。家をどこに建てるのか。


元々は川床であった砂の上に家を建てるなら涼しさが確保されます。しかし季節が変わればそこにはまた川が流れ出すのです。どこに家を建てるべきなのかという見通しがないと、わたしたちの家は崩れてしまうのです。


わたしたちは、今この時の快楽や思いに身を委ねたり、すぐにでも課題を解決したいと思ってしまうことがあります。しかし、それは砂上の楼閣であるかもしれません。本当に大事なことは、一つ一つの出来事の内に、岩のように揺るぎない神さまの思いがどのように込められているのかということを、じっくりと観察し、考えることなのではないでしょうか。


キリスト者とは、キリストを生きる者。日々の一瞬一瞬の判断の根拠を御言葉に置く人です。難しい決断を迫られるときにこそ、イエスさまが共にいてくださることのしるしである十字架を思い出しましょう。ともすると浅はかになってしまうわたしたちの思いを超えて、この世界を造られたときからわたしたち一人一人のことを救いのご計画の内に置いてくださっている方の思いが、世に顕されていくようにと祈っていることができたらと願うのです。

 
 
 

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