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2021.11.14説教要約 サムエル記上20:35-42「ダビデとヨナタン」 

説教要約 サムエル記上20:35-42     2021.11.14

「ダビデとヨナタン」        井上創牧師


サウル王は、戦に勝利して人々から誉められているダビデを見てうらやましくなりました。王さまとして、自分が一番でいたかったのでしょう。そして、やがてダビデがいなくなればいいと思うようになっていきました。命の危険を感じたダビデは、このままサウル王のもとにいるべきではないと考え、そこを去ることにしました。


サウル王の息子であるヨナタンはダビデのことが大好きでした。聖書には「愛していた」と書いてあります。愛するとは、自分が危険な目にあったとしても相手のために尽くすということです。サウル王はダビデの味方をする者は、たとえそれが息子であったとしても許すことができなくなっていました。それでもヨナタンは、自分の身も省みずにダビデを逃がす手伝いをしたのです。ダビデはヨナタンに感謝し、二人は泣いてお別れをしました。


ダビデはこの後、逃げていく先で困ったり、悩んだりもするのですが、神さまはいつもダビデのために助けの手を差し伸べてくださいました。ヨナタンという友だちも、神さまがダビデに与えてくださった助け手だったのかもしれません。


わたしたちも辛い気持ちになったり、どうしていいかわからなくなることがあるかもしれません。神さまは、ダビデにとってのヨナタンのように、わたしたちを助けるためにイエスさまを遣わしてくださったのです。

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