説教要約 マタイ6:16-21
「天に積む富」 井上創牧師
「偽善」とは何でしょうか。断食の際、顔を見苦しくするのも、反対に顔を洗うのも、どちらも嘘をついていることに変わりはないのではないでしょうか。ここで問題になっているのは、偽ることや、嘘をつくことではないということです。大事なのは、それを何のためにするか、ということなのです。
イエスさまは、「偉くなりたい者は、仕える者になり、一番になりたい者は、しもべになりなさい」と教えてくださいました。また、「神の国と神の義を求めなさい。そうすれば他のものは加えて与えられる」とも。これは、わたしたちが自分の欲望を押し殺して、禁欲主義に生きるようにと言いたかったのではないのでしょう。むしろ、偉くなりたい、一番になりたい、いろいろなものが欲しいという気持ちはそのままに肯定されているのです。その上で、わたしたちはそれらの自分のありのままをどこへ向けていくかということが重要になってくるのではないでしょうか。
「富のあるところに、あなたの心もある」。つまり、富を天に積むとは、わたしたちの心を神さまに向けるということです。地上の富は、そのためにこそ用いられていくべきなのではないでしょうか。ああしたい、こうなりたいという思いはあってもいいのです。ただ、わたしたちの振る舞いが偽善とならないために、それが神さまのために、隣人のために行われているかどうかということに気をつけていたいと思うのです。
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