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2020.8.30 説教要約 ルカ6:37 「赦せない疲れ、赦されない疲れ」

  • 2020年9月11日
  • 読了時間: 2分

説教要約 ルカ6:37 2020.8.30

「赦せな疲れ、赦されな疲れ」  井上創牧師


罪というのが、関係の破綻だとして。周囲の人たちとの関係の破綻が引き起こすのは、憎悪、嫉妬、不安、焦燥、絶望など。ずっと心の中にそういう悪い感情、気持ちを持ち続けるのはとても疲れることです。人を赦せないということもわたしを疲れさせます。赦すことができたらどれだけ楽でしょうか。同じようにして、誰かから赦されないということも、わたしたちの精神を削っていきます。


そして、わたしは礼拝に招かれるのです。そこには十字架が立っています。これは、神さまがわたしとの関係を修復しようとして、自らの命をも厭わずに差し出してくださった手です。神さまがこの関係を取り戻そうとしてくださっているのです。


罪をみつめ、それに疲れた自分を認め、重荷を下ろさせてくださいと、神さまのところへ帰ってくる。その礼拝の中で、わたしたちは赦しの宣言を聞くのです。神さまは赦してくださる。この世界はわたしを受け入れてくれている。関係は回復されていくのだと知るのです。そうして、わたしたちは破綻した関係に立ち向かう者、赦された者として歩み出していくことができるようになるのではないでしょうか。


その希望が得られるように願うのが「主の祈り」です。「罪が許されますように、わたしも罪を赦します」と祈ることで、わたしたちは己の内に罪の存在を確認し、赦されている自分を確信することができるのでしょう。

 
 
 

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