2020.3.29説教要約 マタイ6:1-15「わたしたちの願い」
- fujimikougenchurch
- 2020年4月6日
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説教要約 マタイ6:1-15 2020.3.29
「わたしたちの願い」 井上創牧師
イエスさまの施しは上から下への投げ落としではありません。
本当に誰かと同じ痛みと切なさを抱きたいと思う、抱いてしまう。
右手がしていることが左手に伝わるよりも早く。
自分でもなぜそんなことをしているのかわからない。
しかし自然に体が動いてしまう。そういう施しです。
そこで思いが分かち合われる。神さまはそれを見て、喜んでくださるのです。
イエスさまは祈りを教えてくださいました。
そこには繰り返し「わたしたち」という言葉が出てきます。
「わたし」ではなく「わたしたち」。
この「わたしたち」という言葉をどれだけ意識しながら、主の祈りを祈っているでしょうか。
天の神さまは確かに、わたしたちがそれぞれに何を求めているか、何を願い、必要としているかをご存じなのでしょう。
しかし、共に祈るわたしたちは、この「わたしたち」を知っているでしょうか。
主の祈りが他の祈りと違うところの一つは、一緒に唱える祈りであるというところです。
わたしはわたしの思いを持って唱える。
すると、隣の人もその人なりの思いで唱えているのが耳に入ってくる。
口で唱え、耳で聞く。それが同時に行われる。
一緒に「わたしたち」「わたしたち」と繰り返すのです。
そうやってわたしの隣で「わたしたち」という思いを共有してくれるあなたは誰ですか。
神さまがそうやって、わたしの隣に今日、この礼拝の中で座らせて、備えてくださった隣人と一緒の気持ちで祈れたら。
それは何と豊かなことでしょうか。
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