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2020.3.15説教要約 マタイ5:33-37「しみじみする」

  • 2020年3月25日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ5:33-37 2020.3.15

「しみじみする」       井上創牧師


わたしたち人間の誓いというのは、それほど確かなものではありません。

初志貫徹を旨とする人もいますが、多くの場合、これから起こることをよく考えもせずに誓ってしまったりもするのではないでしょうか。


だからこそ、神さまの助け、聖霊の導きを祈りつつでなければ、わたしたちは誓いの場には臨むことができないのでしょう。

何しろわたしたちは個人の力によっては町を建てることもできませんし、髪の毛一本についてさえ、完全にコントロールすることはできないからです。

そういうことができるのは、この世界を創り、わたしたち一人一人を髪の毛一本に至るまでデザインしてくださった神さま以外にはおられません。

とすれば、「誓う」ということは、実は、自分には何でもできると過信し、神さまを侮るということに通じでもいたわけです。


イエスさまは、「あなたがたは『然り、然り』『否、否』と言いなさい」と教えてくれています。

これは、わたしたちにはただ起きたことに対してのみ、それを判断することができるということです。

だから、わたしたちは神さまが用意してくださる一日を精一杯生き切ればいいのです。

目の前に与えられていく課題、その一つ一つに結果が下されるまで、じっくりと取り組んでいく。

神さまに支えられて、イエスさまに励まされて、聖霊に導かれて。

そういうしみじみとした歩みによって、わたしたちは安心と希望を得ることができるのです。


 
 
 

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