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2019.12.8 説教要約 マタイ1:12-17「久しく待ちにし」

  • 2019年12月18日
  • 読了時間: 2分

説教要約 マタイ1:12-17

「久しく待ちにし」  井上創牧師


今日のこの系図に出てくる人たちは、歴史上何をした人たちなのか全くわかりません。

しかし、この人たちはみな、

「いつの日かダビデの子孫から救い主が生まれる。自分たちの国を立て直す英雄が現れるのだ」

という預言を信じ、期待していたのです。


3回も繰り返される14代という、この途轍もない時の長さに驚きます。

しかし、それだけの時間を、この人たちは待ち続けたのです。

代を重ね、次の世代に希望を託しながら。


教会が代々に渡り引き継いでいくのは、この待ち続けるという姿勢なのです。

死の向こう側を見据えて、死を走り抜ける。

そこで「終わった」と立ち止まるのではなく。

その先を目指して、希望を託す。


キリストはまた来てくださると約束してくださった。

その約束を未来につなぐ器が、教会なのではないでしょうか。

この約束の成就を待ち続けること。希望を未来へと託していくこと。

それが教会の役割なのではないでしょうか。


キリストが来られる時まで、少しでもこの世界がより素敵な世界になっていて欲しい。

そこに生きる人たちが、神様から与えられた命を喜びながら生きていて欲しい。

「わたし」の世代を突き抜けて。

「わたし」の死を通過点として。

その先の時代まで。


一心に待ちわび続けたこの民に、救い主が与えられました。

待ち続けるその先に、死を超えて思いを紡ぐこの教会の営みに、

神様は必ず応えてくださるのだということを。

その確信と喜びを、この系図から汲み上げることができたらと願うのです。




***

12/14(土)教会学校のクリスマス会が行われました。

0歳から13歳まで、12名の子どもたちが参加し、

礼拝、ワッフル作り、プレゼント交換と楽しい時を過ごしました。





 
 
 

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