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2019.12.1説教要約 マタイ1:1-11「罪の歴史に伴う神」

  • 2019年12月10日
  • 読了時間: 2分

イエス・キリストの系図を見ていると、決して人に自慢できるようなものではないことがわかってきます。


まず、3節。タマルという女性の名が出てきます。

この女性はもともと、ユダの息子に嫁いだお嫁さんでした。


次に、5節。このラハブは遊女でした。

ラハブはエリコの町の人々を見限り、イスラエルに味方しました。

町の人たちからすれば裏切り者です。


極めつけはダビデ王です。ウリヤというのはダビデの部下でした。

その妻に懸想したダビデは不貞を重ね、ウリヤを最前線に送り戦死させるのです。

そうして未亡人となった女性を妻とするのです。


旧約聖書の登場人物は誰もが、人間的な弱さを抱え、罪を犯し、挫折を味わい、人を傷つけ、悩んで右往左往する。まるでわたしたちと同じような者たちばかりなのです。

この系図は、わたしたちの先祖は凄いだろと、自慢するためのものではないのです。


これから語られるお話は、決してきれいなだけのお話ではない。

汚れた、罪にまみれた、痛みによって紡がれた、わたしたちの歴史の中に飛び込んできてくださったお方の物語。

そのようなわたしたちを、いや、そのようなわたしたちだからこそ愛し、命を投げ出してくださった方が来られたのだという証の物語。


旧約と新約を繋げる位置に置かれたこの系図が、わたしたちにそのことを教えてくれています。


12月8日にクリスマスマーケットが行われました☆


 
 
 

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