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2019.11.24説教要約 Ⅰコリ12:12-31「教会が喜びに満ちるために」

  • 2019年12月3日
  • 読了時間: 2分

説教要約 Ⅰコリ12:12-31 2019.11.24

「教会が喜びに満ちるために」    川村満牧師


「体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています……だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また、頭が足に向かって『お前たちは要らない』とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」


共に苦しみ、共に喜ぶ。

そこでキリストの体としての一致へと導かれていくのです。

そして、このようなキリストの体として、すべての人がキリストの体とされているということの基盤には、キリストの十字架がいつも、あるのです。


わたしたちは、みな、弱い人も、強い人もすべて、この十字架なしには生きていけない存在であります。

罪人なのであります。

そして、私たちはみな、無条件に罪を赦されている。


この罪の赦しがわたしたちに確かに受け止められていくとき、教会に集うすべての人々が、無条件に神様に赦され、招かれているのだということをも受け入れることができるのではないでしょうか。

皆さんの教会生活の上に。そして教会の交わりの上に、確かな一致がなされ、キリストの愛による喜びが増し加えられていきますように。

共に神の恵みを仰ぐ教会として立ち続けていくことができますように。


※11月24日の礼拝は、諏訪地区講壇交換として諏訪教会から川村牧師をお迎えして捧げられました。井上牧師は上諏訪教会で奉仕を担当しました。


12月1日。アドヴェントに入りました。


 
 
 

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