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2020.1.5 説教要約 マタイ2:13-23「生きる」 

  • 2020年1月15日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年2月11日

説教要約 マタイ2:13-23 2020.1.5

「生きる」             井上創牧師


ヘロデ大王はベツレヘムとその周辺にいた二歳以下の男の子を軒並み殺害します。

この被害者たちは、イエスさまがこの地に新しい王として生まれなければ、

このような目に遭わなかったとも言えるのではないでしょうか。


わたしたちの世界は、高いところから低いところへと痛みが流れ落ちていくようにできています。

誰かによって痛みを被った人は、自分よりも弱く小さい者へと、その痛みを流していきます。

憂さ晴らしか、八つ当たりのように。

その流れの途中に、わたしはいないでしょうか。あなたはいないでしょうか。


逆方向に流れていくものが富です。

富は、貧しい者からは去り、より豊かな者のところへと集まるようにできています。

それが経済のシステムなのです。

実に、わたしたちの豊かさは、誰かの貧しさとつながっているのです。

しかし、だからといって、そういう生活をやめることができるでしょうか。

わたしたちもこの社会を作り、世界を構成している一員なのです。


神さまはそういうわたしたちを、憐れんでくださったのではないでしょうか。

生きることでどうしようもなく他者に痛みを与えてしまう。

そんなこの世界の理に縛られた人々。

そのことに悩む人々のために、同じ悩み、苦しみを共に負おうとしてくださったのではないでしょうか。

同じ体験を通し、わたしたちの悲しみに寄り添い、葛藤を共にし、その茨の道を一緒に歩こうとしてくださっているのではないでしょうか。

 
 
 

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