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2020.1.19 説教要約 マタイ4:1-11「誘惑に打ち勝つ方」 

  • 2020年1月27日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年2月11日

説教要約 マタイ4:1-11 2020.1.19

「誘惑に打ち勝つ方」        井上創牧師


悪魔は、いわゆる世俗的な欲望をくすぐっているのではありません。

悪魔が狙っているのは、洗礼によってわたしたちと神さまとの間に生まれた絆です。


洗礼を受ける前から、この世界に当たり前にあるものを否定することが、誘惑に打ち勝つことではないのです。

その証拠に、悪魔はその誘惑において、神さまの言葉や、神さまのなさったことを口実にして、わたしたちを試そうとしているではないですか。

神さまを信じているからこそ、この誘惑は真実味を帯びて、わたしたちには美味しそうに見えてくるのです。


イエスさまは、神さまの子です。

しかし、敢えて「誘惑」を受けられました。

それは、わたしたちが簡単に誘惑によって打ち倒されてしまうからです。

神さまからの愛を疑い、神さまへの信頼を失ってしまうからです。


誘惑は、洗礼を受ける前からある、この世的な誘いではありません。

洗礼を受けたからこそ誘惑が始まるのです。

狙われているのは、わたし自身の救いの体験です。

同じような奇跡的な出来事が起こらないことによって生まれる不信感。

あるいは、そういった奇跡体験こそが救いであると思ってしまうこと。


しかし、わたしたちは、奇跡のような出来事を通して、神さまから愛されていることをこそ知るべきなのでしょう。

イエスさまは、敢えて誘惑に遭われ、それに打ち勝ち、神さまの御心は、御言葉は確かに信頼に価するものなのだと証ししてくださったのではないでしょうか。

 
 
 

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